小泉綾子「無敵の犬の夜」(『文藝』2023年冬季号掲載/文藝賞受賞作)の読書会をしました
*以下、ネタバレを含みます! ご注意ください!
どうでした? おもしろかったですか?
「この主人公の『小指がなくて』っていう設定と、田舎にいるヤンキーになりきれないイキリ中学生って取り合わせがよかった。力こそパワーじゃないですかここ。なんらか社会とちがうと見做される存在は、田舎においてはパワーで上に立たないと最下層にいるしかないわけで。パワーで上に立とうとしているのだなあ」
「のだなあ」
「ん〜橘さんという存在がいいですよね」
「あとおっぱいを見て『ケーキ食べたい』って思うのもいい」
「小さいところのよさがいっぱいある小説でしたね」
ラストの展開はどう思いました?
「びっくりしました」
「それはね、そう」
「急に『女性器の力が試されている』。急に女性専用毛布」
「そこが自分はすごく好きだったなあ」
「フェムム意味わからないもんな〜ここだけ村田沙耶香の世界観なんだよ」
「安直なことを言うんですけど、同作者の『あの子なら死んだよ』(第8回林芙美子文学賞受賞作)ってラスト自殺するじゃないですか。あのメンヘラな主人公。だからもうこのラストも死ぬんかなと思った」
「ちょっと死ぬんかな感はありますね」
「思い出したのは、フランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』1995年のあのラスト。非行少年が少年鑑別所に入れられて、親に見捨てられて脱走して海に行くラストがあって。海に入っていって、その瞬間に主人公のクローズショットになって、FINがでる。たとえば、ああいうすんなりしたラストでもいいじゃないですか。でもこの作品ではあえて、フェムムを挟んでいる」
「おもしろがってますよねこれは」
「うん、いい悪いとか善悪とかじゃなく」
これ、主題はなんだと思いました?
「コンプレックス……?」
「中学生の生の感情をドライブ感のある文体で書いた……若い感情を掬い取った……主題じゃないかこれは」
「わたしもコンプレックスとその解放だと思いましたかね」
「結局この子は『小指がない』ことを内心コンプレックスに思っていて、この子の困難っていうのはそこから積み上げられていくんだけど、東京でヤンキーに負けて、フェムムでクマスプレーかけられて『拳が砕ける。それでいい。 小指なんかあっても使わねーし。身体が痛んだところで何なん?』になるわけじゃないですか」
「『俺は死なない。この俺がいつ諦めるって言った?』ですね」
「なんかこう、地元と東京の対比が強く書かれているのも『コンプレックス』に集約されるのか、もっとちがうものなのか……」
こういう子いたよな〜
「『眼球達磨式』みたいな企みがあるタイプの小説とはちがいますよね。ドライブ感でいく」
「自分は橘さんと杏奈ちゃんがずっと『お前は東京に行け』『お前はここから出ろ』って言ってきて、『うるせえ俺は知らねえんだよ、東京とかわかんねえし』って主人公がソッポ向いてる感じが不思議で見たことないなと思いましたね」
「そんなんありましたっけ」
「あった。こんな田舎じゃなかったらおまえもっとやれるよみたいな」
「たしかにそれって、よくある地方に鬱屈した思いを抱いて東京に憧れるみたいな類型とはちがう、地方イキリ中学生の造形かもしれないですね」
「界くんの立ち位置ってびみょうにわかんないなと思いました。クラス内での立ち位置が低そうに見えるときと高そうに見えるときがあって。橘さんの登場でヤンキー内では低いのかと思ったら、クラスに友達も彼女もいるし」
「自分はそれが『なんかそんなもんだよな〜』って思って、すごい好意的に読みました」
「うん、いい感じの『なんかそんなもんだよな〜』ですよね」
「そう。共感というか……となりの中学の端っこのクラスにこういう子いたよな〜っていう意味の『なんかそんなもんだよな〜』」
「見たことないけどね」
「ね、でも見たことないけど、こういうヤンキー文化ってあるんだろうなあっていう細部が上手い。ちょっと『下妻物語』を思い出した」
地方を描くこと
「でもおもしろいのは、ここで描かれているのは北九州っていう土地じゃなくて、もっと普遍化されたというか抽象化された『地方』って概念であるってことですよね」
「これジョイフルじゃなくていいですからね」
「そのあたりの固有性じゃなく普遍性によって地方と東京をやってるのは成功してますよね」
「土地ものにしたらガチャガチャしてうるさいのかなこれ」
「北九州という土地の風景や風土を細かく書きこむっていう手もあったとは思うんですけど、そこを主眼にしてないから」
「うん、そこをいれたら主題がずれてしまう。具体性をどこまでもたせるかだけど、そのあたりの処理はいい塩梅でうまいな〜と思いました」
どのシーンが好きでした?
「わたしは界と杏奈のやりとりで『好き』『死ね』って言い合ってるシーンが好きでした」
「そのあとの『田中杏奈と喋ると、少年マンガの格闘シーンの次のページがいきなり少女マンガの告白シーンに切り替わるようで、そのテンションについていけずに俺はもう途方に暮れている。』がめちゃくちゃいい比喩表現だと思った」
「『好き』『死ね』はあみ子思い出したよね」
「ね、まあ『これはあみ子だな』ってほどじゃなく、一瞬よぎるくらいの感じで」
「いやあ、でもやっぱり最後の展開だなあ……。さっき『大人はわかってくれない』の話がでましたけど、非行少年の物語テンプレートってあるじゃないですか。この小説も一定まで非行物語だなと思ってたんですけど、ラストは異質でぐっと引きこまれた」
「あ〜わたしも、梯子外されたって感じじゃなくて、新しい展開がきた感じで読みました」
「うん。ぼくはこの展開がきたとき、この作品世界そのものを疑ってしまったというか、主人公の視界の外側を自分が探索しはじめる感じの読み方になって、その感覚がおもしろかった。物語の破れ目、もちろんいい意味での破れ目がここにあって、それがカタルシスになっている」
「脆さがおもしろいみたいなところありますよね」
「うん。この破れ目こそが、この小説をただの非行少年物語から飛び出させてくれたって感じがして、自分はこの終わりが好きでした」
って感じでした〜。
来週は金原ひとみ『腹を空かせた勇者ども』をやる予定です! 楽しみ🥰