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行き交う自動車のヘッドライトや街灯が、濡れた歩道を赤く照らしている。その中を傘を差した…
九歳からバスケットボールを始めた。俺が入ったミニバスには一つ下の妹がすでに所属していた…
京急蒲田から麻布十番に向かう電車の中で、ある事件の記事をボンヤリと読んでいた。池袋のラ…
大学生の頃から部屋にあった群青色の革のソファを棄てた。近所のリサイクルショップで見つけ…
風呂から上がると、親父が換気扇の前で一服しながら俺を待っていた。K、これ地図な、お前の…
西口に出た。高架通路の下で、二人組の若者がギターを弾いていた。ちょうどイントロか、…
朝から雨が降っている。俺は雨音だけが聞こえる静かな部屋で在る短篇小説にとりかかっている。頭が重かった。きのうは、一日じゅう寝ていた。数えてみると、十七時間くらい睡ったらしい。時間を無駄にしたとも思うが、たぶん必要だったのだろう。百円の小説を書いている。たかだか百円の値でも、読んでくれる人は少ないだろう。にしても、百円、か。一編の小説を生むのに、どれだけの時間とエネルギーを費やすことか。それが、今どきの自販機では缶コーヒーすら買えぬ百円とは何たる不条理なことか。アルバイトでさ
すぐそこまで春が来ているようだった。夜勤に出るのに手袋をしなくなり、昼過ぎに起きると花…
店から出ると、確かに景色は霞んでいて、空港や高層ホテルの輪郭が薄ぼやけて見えた。それに…
アパートに帰ってくると、玄関に見知らぬ汚れたズック靴があった。父親は仕事に出ているはず…
週の真ん中だというのに駅前の繁華街は異様に賑わっていた。ソープ街の串焼き屋に一時間、ド…
牛みたいだね、と二週間ぶりにアパートにやってきた女が言った。顔も丸くて、髭も剃って…
この店には女の客がほとんど来ない。カウンターに並ぶのは、物流施設の作業員、工事現場の肉…
チネチッタの名画座が「ディアハンター」を演っていたから、アルバイト先のベトナム女を誘ってふらりと観に行った。午後の三時五十分。夜勤者の俺にとっては、ずいぶんな早起きだ。睡りの足りていない、貧血気味のぼうっとした頭で若きベトコンたちの運命を眺めた。このディエップという女は英語が解らないし、字幕もたいして読めないはずだが、純粋に映画を愉しんでいるように見えた。ディエップはドンホイという、南北の軍事境界線の近くの町で生まれ育ったというのに、戦争の会話にはまるで興味を示さなかった。