【読書・歌舞伎】ゆうれい貸屋など(2024年8月歌舞伎座第1部)
2024年8月12日(月・祝)、歌舞伎座で第1部を観劇しました。演目は、『ゆうれい貸屋』と『鵜の殿様』でした。
『ゆうれい貸屋』は、山本周五郎の短編小説を原作としており、図書館で借りて読んでもみたので、読書記録も合わせて記載します。
後半、ネタバレがあります(その箇所に記載あり)。青空文庫のリンクもつけておりますので、先に原作を読んだ方がよいかもしれません。
■『ゆうれい貸屋』
(1)はじめに
劇場などに行くと、偶々ですが、他の作品の話をしている人の会話が耳に入ってくることがあります。あまり聞いてはいけない訳ですが、ここ半年ぐらいの間に、『ゆうれい貸屋』というキーワードを2回位聞くことがありました。私は「どんな作品なのだろう。」と興味津々で、今月の演目に入っていたことから観に行きました。
インターネット等で調べてみると、この作品は、山本周五郎が、昭和25(1950)年に発表した小説です。これまで映像化もされているようで、落語と記載されているページもありました。
少し中身に触れますと、長屋を舞台とした人情喜劇で、私が図書館で手にした文庫としても、新潮文庫の『人情裏長屋』に収められていました。
(2)簡単なあらすじと青空文庫のリンク
青空文庫にもありましたので、リンクを貼ります。
以下では、私が印象に残った点を記載します。ネタバレが含まれるため、気になる方は、先に青空文庫などで読まれた方がよいかもしれません。
(3)メモ①:ビジネスモデル
私は、「ゆうれい貸屋」という商売がどんなビジネスモデルなのか、気になっていました。
私は、飲み屋のカウンター越しに、ゆうれいを貸し出すような(勝手に誤った)イメージを持っていたので、この説明の場面を観て(読んで)、なかなか面白いビジネスモデルだなと思いました。どれぐらい需要があるのか「たくさんいるわ」という台詞も面白いです。
(4)メモ②:生業を続けてみて
弥六が、「ゆうれい貸屋」を続けていく中で、悟っていく、立ち直っていく部分があります。ここは、直ぐには腹落ちせず、観劇後、読書で補った部分も大きいです。人生の折に触れて考えてみたいテーマだな、と思いました。
また、この作品が書かれたのが昭和25年。時代の転換点の1つの時期で、意思を持って前に進もうとする時代背景もあるのかな、と思いました。
(5)メモ③:成仏
喜劇として面白く描かれていますが、死んだ後、極楽にも地獄にも行けず、宙をさまよっている「ゆうれい」を通して、日本人が持つ死後の世界観を再認識した気がします。
瞋恚という言葉が、劇中・本文中に出て来て、私は初めて知る言葉だったのでメモを残しておきます。
■『鵜の殿様』
こちらは、山川静夫原案です。
鵜匠(太郎冠者)が鵜(大名)を縄で引くのですが、縄があるように見せながら動く、二人の息のあった姿が素晴らしかったです。「おおっ」と息を呑みました。今年の2月に博多座で話題になっていた舞台でもありました。
■最後に
今回、『ゆうれい貸屋』は1時間20分、『鵜の殿様』は約30分の上演で、そこまで見慣れていない私には、程よい上演時間でした。
また、両作品とも、夏にぴったりの作品だったように思います。『ゆうれい貸屋』で夜が明け、朝日が射す場面は、日差しが強くなる前の夏の朝を感じ、気持ちが明るくなりました。
冒頭の画像は、「ゆうれい」で検索し、もげらさんの作品を使用させて頂きました。ありがとうございました。
■主な出演者
『ゆうれい貸屋』弥六(坂東 巳之助)、染次(中村 児太郎)、又蔵(中村 勘九郎)、平作(坂東 彌十郎)
『鵜の殿様』太郎冠者(松本 幸四郎)、大名(市川 染五郎)
本日は、以上です。