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篝の短編小説

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記事一覧

【短編小説】臨界

 日付を跨いだ、繁華街のある夜。
 彼は夜のアルバイトを終えて、家路に着いていた。
 ほぉ、と白い息がでる。今日は寒い。
 今日一日中働き詰めだったが、いまいち何かを遂行した実感が湧かない。形容するならば、そうするために生まれてきたような。
「──帰りたくねえな」
 大きいため息を漏らす。あと五時間後には大学へ行くために電車に乗らねばならない。
 なんのために生きているんだろう、とふと思う時がある

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【短編小説】聖夜のハッピーエンド

 【注意】残虐なシーン、性描写を彷彿とさせるシーンがあります。
 
 彼が人を殺してから二週間が経った。
 警察は彼を犯人と特定し、きっと指名手配をしているだろう。
 逃亡生活中、ずっと橋の下や路地の間と人目のつかない場所を転々としてきた。
 しかし、逃亡開始から二週間が経った十二月二十五日のクリスマスの日、飲まず食わずの生活を送ってきた彼の身体にとうとう限界がきてしまった。

  ***

 ─

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【短編小説】一縷の光

 深夜午前零時。外は雨だった。
 部屋の布団の中は光っている。
 彼は"おそらく"悪夢を見ていた──

『わたし、実は元カレに未練があったんです』
『そうなのかい?』
『はい! いつも相談に乗ってくれてありがとうございました!!』
『僕でよかったらいつでも相談してね』
『はい!!』

 ──布団の中は暗くなる。
 たった今、想い人に心臓をナイフで刺された。男は不思議なことに涙を流すことはなかった。

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【短編小説】英雄殺しの村

 ──この辺に『英雄殺しの村』があるらしい。
 だが、皮肉にもその村は魔王によって脅かされようとしていた。村から見える山には邪悪な魔王がいるという話を村でそう聞いたのは、去年の冬。僕は、過去にこの村に現れた英雄が携えていた伝説の宝剣を持って、魔王を殺した。
 山からは村の全貌が見えるいい景色だったことを今でも覚えている。確かに魔王がいた時は禍々しかったが、瘴気がなくなると空気が澄んでいたのだ。再び

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【短編小説】The Final Train

 ある日の深夜。
 終電逃した男が一人、無人駅の改札前のベンチに佇んでいた。彼はまた今日も残業だった。
 業績を上げねば休みさえもらえない、大変息苦しい企業で毎日彼は真面目に働いていた。
 つい数日前に、なんの音沙汰もなしに同僚が会社を辞めた。引き継ぎもせずに辞めてしまったので、男はなにもわからないまま仕事を丸投げされて、それを文句一つ言わずにこなしていたのだ。
 男の努力は、ただただ報われなかっ

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【短編小説】防人ノ変

 今日は生憎の雨であった。
 平安京の羅城門(注釈:平安京の正門)の角にはいくつか蜘蛛の巣が張られて、神々しかったかつての紅の彩は失われている。
 そしてなにより、晴天の羅城門とは打って変わり、雨天の羅城門はより鬱蒼とした雰囲気を無造作に撒き散らしている。
 この平安京も、華々しい貴族が台頭した時代があったものだ。だが、彼らは今や紛争を幾度となく起こすようになってしまった。
 それを武力で解決する

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【短編小説】Prejudice

 雪が溶け始め、新たな一年が始まろうとしているこの季節。僕は、大手企業の本社ビルの前に立っている。
 いつもはビルのそばを通ってもなんとも思わないが、こうして目的を持ってビルを見上げると心臓が重く感じる。
 高校を卒業し、大学をいよいよ卒業しようとしている今。僕は新たな節目を迎えるために企業に対して自分を売り込みに行くのだ。
 学力には自信はある。今までこの瞬間のために生きてきた。自分がずっと憧れ

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