【短編小説】一縷の光

 深夜午前零時。外は雨だった。
 部屋の布団の中は光っている。
 彼は"おそらく"悪夢を見ていた──

『わたし、実は元カレに未練があったんです』
『そうなのかい?』
『はい! いつも相談に乗ってくれてありがとうございました!!』
『僕でよかったらいつでも相談してね』
『はい!!』

 ──布団の中は暗くなる。
 たった今、想い人に心臓をナイフで刺された。男は不思議なことに涙を流すことはなかった。そもそも、男は彼女のことが好きであることが自覚できていなかったからだ。

 男の心は二年前に破綻していた。人を真っ当に愛することもできず、努力が一向に報われたことのない大学生だ。同居している家族は毎日、当然のように家庭崩壊を起こし、自らのアルバイト代を食い扶持にして依存され、自我が薄らいでいる途中であった。男は優しすぎた。優しすぎるが故に、自分のことを考えずに他人のことばかり考えてしまう。

 だからやり場のない鬱憤がよくわからないまま蓄積し、ついには無限に湧き出る一種の呪いとなった。もしかしたら、殺人や、暴行といった形で周りに撒き散らしてしまうのかもしれない。
 はっきり言って、男自身も今現在にして、生きる意味を見出せずにいる。こんな破綻者が社会に出すわけにはいかない、生まれてきたことが罪であり、罰である、と生きていることさえも贖罪に思えるような毎日を二年間ずっと送り続けていた。

 ──しかし、そんな彼も小さな恋をした。
 バイト先で知り合った後輩。あまりにも可憐で小柄な高校生だった。
 男にとって、彼女は生きていることの支えになるかもしれない。と彼は感じた。
 乾ききった青年の心に、再び潤いを取り戻そうとしているのを感じたに違いない。

 誕生日が近いことが判明した。プレゼントを送ってやる、と約束した。
 恋愛相談もした。彼氏が浮気していることが判明してもなお、絶望せぬ健気な彼女の姿勢に感銘を受けた。
 雑談もちょっとした。楽しかったと言ってくれた。

 彼は決して恋仲になろうとしていたわけではない。大学生の男と高校生の女の子は釣り合わないのは必定。加えて、ここまで破綻していると、幸せにできるような自信がなかった。
 恋をしていたのは間違いはないが、それが成就しようだなんて思ってもいなかった。ただただ、頼られたかっただけ。自分の生きている意味を彼女に設定したかっただけだった。
 でも、それは間違いだ。生きている意味を彼女に設定してしまったら、それこそ"依存"だ。
 男はそれを望んでいるわけではない。恋愛とはお互いが幸せにならなければ成立しないことは、どれほど発狂しても男は魂に刻んでいた。

 かくして、彼女のメールで彼の心は再び逆行することとなった。
 彼女にとっては、男は『気持ち悪い人』だったのかもしれないし、『いいひと』で終わったのかもしれない。どれだけ辛くても男はその子を希望の糧にすることは、罪悪だと認識している。だから大きい動きはしなかったし、男もずっと善人ぶって、彼女と接していたのだ。
 消えゆく意識の中で男は悲しむことなくただぼんやりと明日のことを考えていた。

 明日、また同じような日々が続く。
 弁当を作らなければならない。
 洗濯を回さなければならない。
 大学に行かなくてはならない。
 課題をしなければならない。
 食費のためにバスを使わずに歩かなければならない。
 夕飯を何にするのか考えなければならない。
 風呂を沸かさなくてはならない。
 茶碗を洗わなくてはならない。
 そんないつものことを同時で脳で考えつつ、男は再び浅き眠りについた。

 生きていることが罰であると感じつつ、苦しみ続けることが、贖罪であるであると感じつつ、明日もいつもと変わらない地獄が彼を待っているのだろう。
 再び開かれた男の携帯の画面には、料理レシピのサイトが開かれていた。

  あとがき

 どうも、本日20歳の誕生日を迎えたカガリです。
 これは最近、大いに病みまして、その時に執筆したものです。この小説ですが、序盤のメールの文会話文がないのでボツにしようと思ったのですが、せっかく書いたのなら乗っけてまえ、と思って掲載しました。

 恋愛小説ではなく、日記のようなものだと思っていただければ幸いです。あいにく私には「キュン」には無縁なもので……。

 ところで、福山雅治氏のSquallはいい歌です。あんな沁み入る曲をいつか作ってみたいものです。

 かがり

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