【短編小説】英雄殺しの村
──この辺に『英雄殺しの村』があるらしい。
だが、皮肉にもその村は魔王によって脅かされようとしていた。村から見える山には邪悪な魔王がいるという話を村でそう聞いたのは、去年の冬。僕は、過去にこの村に現れた英雄が携えていた伝説の宝剣を持って、魔王を殺した。
山からは村の全貌が見えるいい景色だったことを今でも覚えている。確かに魔王がいた時は禍々しかったが、瘴気がなくなると空気が澄んでいたのだ。再びこの地を去るときにはこの山を登ってから去ると心に決めたほどだ。
かくして、僕は英雄になった。
なんだって、世界を脅かしていた魔王を殺したからだ。世界は平穏に満ちて、誰もが笑顔になって暮らせるようになったのだ。
だが、皮肉にも魔王は元々は人間だったようだ。なぜただの人間が魔王になったか、なんて僕には知ったこっちゃない。
言っとくけど、僕は別に英雄になりたくて、魔王を殺したわけじゃない。よく勘違いされやすいんだが──やっぱり、みんな笑ってた方がいいじゃん。
みんなが偽善と嗤うなら、そうなのかもしれない。僕は否定しないよ。魔王を倒した時のみんなは、そりゃあみんな笑顔だったし。
当時は英雄サマ! 英雄サマ! と持て囃してたのさ。
この村を英雄殺しの村と言われている理由は、おそらく魔王が英雄を殺してきたからであったのだと思っていた。
──僕が、世界に対して絶望したのは一年と経たなかった夏のことだ。
人というのは、どうもうまくいかない人間のようで、自分の幸福を得るために誰かを悪にしたがるんだ。
今、この村には魔王という存在は存在しないはずなのに、悪は間違いなく蔓延っているのだ。何か悪いことがあったら、必ず誰かのせいにする。その矛先が僕に向いたわけだ。
それに、英雄というのは魔王が消えた現在、その功績は時間とともに忘れ去られていき、結果残るのは人を殺したという罪科だった。
そして、魔王亡き今、剣も必要なかったのだ。
魔王はもとより人間だった。その手下も人間だったとするのならば、それは間違いなく人殺しになってしまうのだ。
悪は、罪悪だった。そして、誰にでも潜んでいる心の影だ。僕はそれに気づくことができなかった。僕は、ただ笑って欲しかっただけだ。笑って寝て暮らせる世の中、みんなが笑って生きていく世の中が尊いことは僕はよく知っている。
──人間は、想像以上に醜かった。悪を滅ぼすため、自らが幸福になるために平気で他人を利用し、そしてその咎を利用した他人に押し付ける。
まさに『英雄殺しの村』だった。
悪を、排除しなければならない。この村に蔓延る悪を僕は排斥してみせると心に誓った。
それでこそ真の英雄だ。
誰かに認められたいわけではない。己の信念に従って正義を為すのが僕の務めであると思う。
僕は誇りに思っていた英雄の剣を捨てて、村に踵を向け、かつて魔王が居座っていた美しい山を登ったのだった。自らの信念を貫くために──
完
あとがき
どうも、篝です。本小説で短編第四作目となります。珍しくセリフのない地の文だけの小説にしてみました。世界観こそはド○クエのそれとによく酷似していますし、魔王を倒すのも現実にはあり得ませんが、主人公の勇者が受けた仕打ちは私の経験からによるものです。テーマは、『喜劇王チャップリンの「一人殺せば人殺し、百万人殺せば大英雄」という言葉』と、『人を助けることについて』です。後者は必ずしもそうではないのかもしれません。これが正しいとは言いません。実際に人を助けたことで巡り巡って自分に返ってきた知人を知っています。ですが、往々にして本作の英雄のようになってしまう可能性もある、という一種の示唆でした。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
近い将来、中編、長編の小説を投稿しようと思っています。かなり面白い作品に仕上げますので乞うご期待ください。
かがり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?