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詩集『閑文字』

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伽戸ミナがつくった詩を載せています。読んで頂けたらうれしいです。
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2023年9月の記事一覧

【詩】泡の中

【詩】泡の中

気泡の中から見える景色は水彩画。太陽も空も星も山も海も滲んで
、気の抜けたサイダーをくっきりと浮かび上がらせている。昔々あ
るところに、で口承された物語は、泡となって消えてしまいました
、で締めくくられている。ばあちゃんのじいちゃんが膜の外に出た
瞬間泡になって消えた、って語るばあちゃんの瞳の下の涙が、ビー
玉になって喉につっかえている。蜷川実花の個展に行ったとき、モ
デルやアイドルや俳優は、目線

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【詩】沈没のうた

【詩】沈没のうた

--前髪が視界に入るみにくさは肺を患った野犬のようで
マジックアワーが閉まりかけの緞帳に見えた。八七六五人のオーデ
ィションを勝ち抜いた主役の千穐楽のカーテンコールの夢みたいに
色鮮やかに並んだセブンのおにぎり。なんか有名なデザイナーがや
ったんだって。それはすごいね、はい三二一円。あの夕焼けみたい
に圧し潰されても、海苔はぱりぱり。
--チョコボール買うくらいの贅沢も許されない気がする無産市民

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【詩】孤独のうた

【詩】孤独のうた

--ヴォンゴレと液晶世界とぼくの貌きみはきれいに反復横跳び
きみがぼくと二人きりの世界になりたいのを、残酷だと感じてしま
うことはあるし、ぼくがきみと二人きりの世界になりたいのを、き
みが残酷だと感じていることもある。ぼくたちだったぼくときみに
は、残酷さを揃えることが必要だった。
--晴れ上がる十五時半の駅前でフードを被りたい気持ちになった
教科書をもらったら、教科書に名前を書く。上履きをもらっ

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【詩】沈没歌

【詩】沈没歌

夕焼けを圧し潰すように夜の帳が降りてきて(ヒグラシの音に合わせて)、ぼくは緞帳の表側を見てるのか裏側を見てるのかわからなくなった。両ななめ45度からのライティング。眼と赤い背もたれをのみ込んだ闇。どこからか鳴り続ける拍手。準備できてないことに気付いた恐怖。こんな夢みたいに色鮮やかに並んだセブンのおにぎり。なんか有名なデザイナーがやったんだって。それはすごいね、はい、321円。蒸し暑さが纏わり付いて

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【詩】春月日記

【詩】春月日記

――夕暮れる前に晴れ上がった駅前でフードを被りたい気持ちになった
おばあちゃんの葬式のときの、おじいちゃんの喪服姿は黒かった。六十年連れ添うと、ここまでこげるものなのかと思って、美しかった。でもわたしは、いつもの制服でいつものコンビニに入っているのに、きっとまだ永眠に似た夏の匂いが漂っているから、いつものヴェトナム人店員さんを気にしていた。ブレザーを桜のように光らせる術を知りたかったんだけど、ブレ

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【詩】星霜抄録

【詩】星霜抄録

夜はきみの若年性恋心を煮凝らせていくね
聞こえるかい?闇が勝利しないと、うたってられない虫の声を
かれらはとても美しい包丁でうすぎりにされていくんだ
とっても美しいんだよ とってもとっても、美しいんだよ
好奇心からきている好奇の目だから
眩しくても、光なんだからいいじゃないか
――ばあちゃんのうでのように細いヒナゲシが風に吹かれて泣いてしまった

【詩】北部紀行

【詩】北部紀行

避難訓練は、冬の帳が降りる時期にふさわしく、ぬるい空気ですすんでいる。全校生徒というつながりでは、統制の取れた美しい集合にはならない。腕を伸ばそうとすると、脚が足を引っ張って、中途半端に止められてしまって、着替え中のマネキンのような、歪んだガードレールのような、富山県のような、にんげんの手作りやなぁ、という感じのかたちにしかならない。いまの校庭はナスカよりも謎なのでは?、と謎の一部にすぎないものが

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