【詩】沈没のうた
--前髪が視界に入るみにくさは肺を患った野犬のようで
マジックアワーが閉まりかけの緞帳に見えた。八七六五人のオーデ
ィションを勝ち抜いた主役の千穐楽のカーテンコールの夢みたいに
色鮮やかに並んだセブンのおにぎり。なんか有名なデザイナーがや
ったんだって。それはすごいね、はい三二一円。あの夕焼けみたい
に圧し潰されても、海苔はぱりぱり。
--チョコボール買うくらいの贅沢も許されない気がする無産市民
沼って、透明になる薬みたいな緑をしていると思っていたから、は
じめて実際に見たとき、なんか普通で、身近にありそうで、それか
ら沼で事故が起きたというニュースを聞くたびに、死んだのはぼく
なんじゃないかと思うようになった。美しく冷たくて、やわらかい
泥の感触に蚯蚓鳴きのように地面へすい込まれて行方不明になる。
ニュースは無事保護されました、で終わっていたから、けっきょく
ぼくだけが行方不明のままだった。
--突然に窓を叩いてこのうたをそんなに見たいの?……無視かよ。
風を待っている、風を待っている、汗ばんだ肌が待っている、風を
待っている。風を待っている、襖にもたれて待っている、風を待っ
ている。風を待っている、風を待っている、指を通してくれた髪を
垂らして待っている、風を待っている。月を見ていた。風を待って
いる、風を待っている。短い夜は、嘆きも苦しみも、短く済んでい
るとでも思っているのですか?
--美しい一閃の傷をつけたのは宮本武蔵についての本
夜を明かしてしまった冬の朝に味方はいるのだろうか?美しい雪の
結晶を溶かす温度を持っているお前は最低だと言われて、言われて
言われて、吹雪のように叩きつけられ続けて、ぼくは美しい氷の像
になって、やっと役に立ったなって言われる。日本海側に住んでい
たわけでもないし、タバコの銘柄を覚えているわけでもないけど、
役に立ったなって言われる。ぼくの心臓に降りた霜を、踏み荒らす
音を聞いてみたいものです。