vol.27 スタンダール「赤と黒」上巻を読んで(桑原武夫・生島遼一訳)
190年前に書かれたフランス文学。なかなかの長編小説。上巻を読み終わって、いったん感想文を書きたくなった。
時代は1830年代の王政復古のとき。当時のフランスの社会情勢の知識が薄く、当時の事件や教養書など難しい注釈をすっ飛ばして読む。なるほどフランス心理小説の最高峰といわれるだけあって、そんなに知識がなくても当時の上流階級の欺瞞がたっぷりのぞけて、十分に楽しめた。さらに、もっと深くフランスの歴史やカトリックのことなど時代背景を踏まえて読み込むほどに面白さが増す小説だと思った。
この小説を読む上で、当時のフランス情勢の概要をおさらいしないとつまらない。
この小説が発行された1830年、この年に7月革命が起きている。1815年の王政復古により王位についたルイ18世や弟のシャルル10世はフランス革命による成果を全く無視して、貴族や聖職者を優遇する政策をとる。当然、市民の不満は高まり、学生、労働者を中心にしたパリの民衆は武装蜂起し市庁舎などを占領した。これが2月革命につながり、やがて、ついには王政が崩壊し、共和制に移行した。(ウィキペディア参照)
(ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」)
そんな時代背景の中、この「赤と黒」はナポレオンに密かに憧れている自由主義者の野心的な青年、ジュリアン・ソレルが主人公。ジュリアンの視点を通して、堕落した生活を送る王政復古下の聖職者や貴族階級の腐敗が描かれている。
【あらすじ】貧しい製材屋の末息子ジュリアンは、ラテン語堪能、頭脳明晰で美しい19歳の青年。ナポレオンのような軍人を目指していたが、王政復古の世の中になったため、聖職者として出世を目指している。その頭脳を買われ、町長・レナール家の子供たちの家庭教師に雇われる。そこでレナール夫人と不倫関係になるが、密告され、神父の奨めで神学校に入った。やがてたぐい稀な才能を買われ、大貴族、ラ・モール侯爵の秘書に推薦される。上巻はここまで。
このジュリアン、頭がとてもよく、美男子で、モテモテ。一本気で融通の利かない面もあるが、機転の良さでうまく立ち回ている。出世欲も強く、貴族階級との不倫関係など、利用できるものは利用するドライで野心的。すぐに怒り出すやばい奴だけど、人の心を読む能力にも長けていて気を抜けない青年。仕方なく神学校に入ったが、周りの下劣さに辟易し、信仰心も欺瞞だらけで、神をろくに信じていない。
上巻では、レナール夫人との恋の描写も面白いが、僕は、ジュリアンの視点で聖職者や貴族階級の腐った現況を鋭くついている点に興味がいく。ジュリアン自身も階級闘争の中で野心を持ち、自由主義者のナポレオンに憧れながらもそれを心に潜め、策略的に過ごす。神学校では得意なラテン語でカトリックの教えを司教や神父と議論し、相手を唸らせる彼の傲慢さにワクワクした。
特に神学校生活を経験していく中で、ジュリアンの偽善的態度とその心理描写が面白かった。
「たとえおれが成功したとしても、こういういやしい人間たちの間にはさまって一生過ごすと思うと情けない。食卓でガツガツ食う豚肉入りオムレツのことしか頭にない大食いどもや、どんな悪事にも辟易しないあのカスタネードといったやからだからな。彼らはいつか権勢にありつくことだろうが、じっさい、それはなんという高価な犠牲をはらってのことだ」(P376)
カスタネード師の講義「諸君は、清浄な生活と服従によって、法王のご好意にそうことを心がけねばならん。・・・そうすれば、いずれ諸君は立派な地位をえて、なんらの制約を受けずに、長として支配できる。・・・政府が給料の3分の1を払い、あとの3分の2は・・・信徒たちが払ってくれる」(P378)
才気あふれるジュリアンにとって、どうにもつまらない神学校生活や、僧侶の俗世間化を鋭くえぐった描写は面白いと思った。
それにしてもこのジュリアン青年、行動があまりにも衝動的でハラハラする。利己的で自分勝手で他人に対しても懐疑的。女性にはモテるがまともな人生を歩めそうにない。
下巻も読めるか怪しいが、19世紀中頃のフランスを少しおさらいできた。(おわり)
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