スピノザ『ヘブライ語文法綱要』の初邦訳がついに出る!
スピノザの著作の中でも唯一の未邦訳であった『ヘブライ語文法綱要』(Compendium Grammatices Linguae Hebraeae)が、ついに翻訳が完了し、2024年9月26日に『スピノザ全集第Ⅳ巻』(岩波書店)に収録される形で刊行される。
スピノザ翻訳の第一人者といえば、紛れもなく畠中尚志(1899-1980)である。その翻訳が岩波文庫に収録され、個人訳「全集」として定着してきたが、この中で唯一なかったものが『ヘブライ語文法綱要』である。
原著のラテン語を訳すことだけでも、私からすれば、とんでもないことなのだが、ヘブライ語ときたら、ちょっとやそっとでは手が出せなかったのだろう。
ちなみにGoogle翻訳で、今回の『ヘブライ語文法綱要』、バルーフ・デ・スピノザといった単語を、ヘブライ語で調べてみた。
もう頭がどうにかなりそうである(笑)。
冒頭の文章もついでに試してみる。これ、ヘブライ語は、右から左なのだそうだ。英語と同じ感覚でコピペしようとしたらどうもうまくいかなくて、何かおかしいなと思ったら、そういうことだった。右からカーソルで文字をなぞると、問題なくコピペできた。
現在の日本には、このヘブライ語を扱いながら、スピノザのユダヤ的背景、ヘブライズムとの関係の研究を行っている研究者がいる。その研究者こそが、今回の『ヘブライ語文法綱要』の翻訳に関わる、秋田慧氏と、手島勲矢(てしまいざや)氏である。
手島先生のお名前はなんと「いざや」と読む! 経歴もエルサレム・ヘブライ大学卒業とのこと。手島勲矢氏の専門は文献学・思想史で、ヘブライ語聖書(タナッハ)およびユダヤ教(信仰と理性)。
スピノザのユダヤ的背景の研究に関しては以下のような著作も出されている。
もともと手島勲矢氏による翻訳で話が進んでいたらしいが、どうやら今回は秋田慧氏になったようだ。
さて、いったいその中身とはどんなものなのだろうか。岩波書店の紹介ページ、本書の概要文にはこうある。
スピノザ研究者の鈴木泉先生は、上野修先生との、あるトークショーの中で、「『ヘブライ語文法綱要』はみな楽しみにしていると思いますが、本当に中身は、哲学者が書いたヘブライ語文法の解説といったもので、いわゆる哲学論文ではないので、そこまで重視されてこなかった」的なことをおっしゃっていた。
しかし、あのスピノザが書く言語と文法の解説である。自分に理解できるかどうかはともかく、一体何が書かれているのかは、気になって当然である。
まさに、この領域での研究を行ってる手島勲矢氏は以下のように言っている。
こう書かれていれば、ますます楽しみではないか。私は邦訳されたものを介してでしか、この書を読めないのだが、それでも興奮は禁じ得ない。
そして、何よりも、現在のスピノザ研究の領域は広範囲に及んでおり、スピノザを真剣に理解するならば、ユダヤ的な背景、聖書学、神学、そして言語学や文法学についても把握しなければならないわけで、やることがまだまだたくさんあって途方に暮れてしまう。
スピノザが『ヘブライ語文法綱要』を書いた動機は、当時の友人たちからヘブライ語を教えてくれという要請があり、彼らのために入門書的なものを書いたといわれているが、それであればスピノザ自身が幼少の頃から習っていたヘブライ語の教科書を見せればことたりるわけで、そうではない動機があったのだと、國分功一郎氏は言う。
スピノザはヘブライ語の「文法」そのものに関心があり、言語の「普遍的理解」を目指していたのだという。
『ヘブライ語文法綱要』をフランス語で読んだという國分氏は、この文法の解説の中にも、スピノザ哲学の重要概念が紛れこんでいるのだという。(『中動態の世界』第8章-1「スピノザの書いた文法書『ヘブライ語文法綱要』」より)
手島勲矢氏の研究書は、かなり専門的でユダヤ学、聖書学に関する高度な知識が必要とされるため難解だが、上記の『中動態の世界』では、國分氏の國分節ともいうべき文脈の中で語られているので、『ヘブライ語文法綱要』の背景の理解について、わかりやすく手助けしてくれる。
ともかく、ついに『ヘブライ語文法綱要』が出る。あとひと月ほど待てば、邦訳という形でその全貌をあらわすのだ。
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