総理大臣、絶叫　愛国者学園物語　第２０８話

　ファニーの本は様々な日本人の心を揺さぶったが、

野上総理

もその一人だった。ファニーが厳しく批判した日本人至上主義であるが、それには祖国日本の偉大さを世界に誇るという目的があったから、少なくない数の日本人がそれを熱烈に支持したのだ。野上もそうであった。そんな彼からすれば、ファニーのような人間は偉大な祖国日本の敵であった。

　ある日の政府予算委員会で、彼は持論を述べた。ファニー・ジョフロワは日本を誤解しており、

誤った知識をもとに日本を非難している。

だから、そんな奴の言うことを聞く必要なぞない。ジョフロワは、神道は男性ばかりが参加する男尊女卑的な宗教だと書いているが、それは間違いだ。神道には女性の神職に巫女もいるではないか。

「外国人たちは知らないようだから、私が教えましょう」
彼はそう言った。

　

神道の聖地・伊勢神宮の成り立ちには、女性や女神が深く関わっている。

そんな大切なことも知らない人間たちが、偉そうに日本社会を侮辱しているのだ。伊勢神宮の内宮（ないくう）、つまり皇大神宮（こうたい・じんぐう）の始まりは、女性皇族の倭姫命（やまと・ひめのみこと）が祠（ほこら）を建てたことに遡る（さかのぼる）。また、外宮（げくう）、つまり豊受大神宮（とようけ・だいじんぐう）は、女神である豊受大御神（とようけの・おおみかみ）を祀っている。

　それだけではない。元皇族の女性たち、池田厚子さんや黒田清子（くろだ・さやこ）さんが祭主として、伊勢神宮の行事に参加されている。このように伊勢神宮は女性皇族や女神と関係が深いから、神道は日本の女性や女神に深く関わる宗教だ。

　
　そういうことを説明した後、野上はファニーを責めた。

「神道では男性が優勢で女性は補助的な役割しか与えられていないなんて、大嘘だ。あのフランス女は嘘つきだ！」

「日本を誇り高い存在にする日本人至上主義は、神道、皇室、それに愛国心を大切にする。神道はこのように女性や皇室と深い関わりがあるのだから、日本人至上主義は日本女性を大切にする考えである。外国人にそれが理解出来るわけがない」

　彼の態度がさらに荒くなった。野上は、多くの日本人がファニーのファンであったことや、彼らが彼女の活動を支援していたことを話した後で、ぶち上げた。

「

ああいう人間が日本人を騙した（だました）んだ。

我々日本人がああいう外国人に散々親切にしてやったのに、その恩を仇（あだ）で返した。こういう人間を恩知らずというのだ。ああいう外国人は日本語を上手に話すくせに、義理も人情も浪花節（なにわぶし）も何も理解していない。理解なんか出来っこないんだ。だから、こうやって、日本を侮辱するんだ」

　彼は一瞬黙り込んでから、まくしたてた。

「自分と政権与党の仲間たちは、ああいう人間、反日勢力から偉大な祖国日本を守るという、これ以上はない祟高（すうこう）な任務に邁進（まいしん）している。だから、私は神道と皇室と愛国心からなる偉大な祖国、神々の国日本を守護する、神の国日本の戦士なのだ。私たち日本人至上主義者の、この神聖な任務。それを侮辱するあのフランス女は反日勢力だ。そんな奴と戦うためなら、私はこの命だって投げ出そう！」

　そして、同じ政権与党の議員たちに向かって吠えた。

「志を同じくする諸君、共に立とう！　反日勢力と戦おう。この世界一の国、偉大な祖国日本を守護つかまつろうぞ、鋭、鋭、応！」

と、右手の握り拳を高く突き上げた。仲間の議員たちは、その勢いに心を打たれて皆総立ちになり、「鋭、鋭、応！」を繰り返して、野上総理に気持ちを伝えた。野党議員を無視した総理は、仲間たちの拍手に包まれて会議場を出て行った。

　後に、政権与党の議員たちがこの時の感想を聞かれた。ある者は野上総理こそ、

この国の守護者である、

自分はその偉大な任務にお供出来て光栄であるとか、別の議員は、あの人を総理大臣にして良かった、彼のためなら死ねる、とうるんだ目で言った。

　

目立ちたがり屋の吉沢友康

はその場にいなかった。それで、自分も野上総理のそばにいたかったと、本当に涙を流して、インタビューに答えた。そして、持論を述べることも忘れなかった。ああいう外国人は日本人の懐（ふところ）に入るのが上手いスパイと同じだ。上手な日本語で我々日本人の優しい心を丸め込んで、籠絡（ろうらく）する。信じてはいけない。連中は我々を騙して日本を破壊する反日勢力なのだ。ジョフロワがやっていることはそれじゃないか。お世話になった日本を侮辱し、デマを世界にばらまいている！」

　このファニーの件で怒り狂った政治家たちは、ファニーの意見を部分的にも受け入れた政治家よりも多かった。

続く
これは小説です。

次回第２０９話
野上総理の発言を世界はどう受け止めたのか。
そして、日本と対立する近隣諸国は？
次回「世界は驚く」、お楽しみに！

注　池田厚子さんは、昭和天皇と香淳皇后の娘。つまり上皇陛下と常陸宮（ひたちのみや）さま方のきょうだい。

野上総理の自分は神の国の兵士発言は、森元総理の「日本は天皇を中心とする神の国」発言を、自分なりに展開したものです。

ただし、森さんは野上のモデルではありません。野上にはモデルはいません。

その名前、特に「野上・のがみ」は、松本零士の戦争アニメ「ザ・コックピット」の「音速雷撃隊」に登場する、野上靖少尉から取りました。特攻隊の一員として、ロケット式特攻機「桜花」に乗って自爆した彼を、なぜ、

日本人至上主義者の名前に用いたのか。それは、野上靖のきょうだいの子孫が野上総理だから。野上総理は特攻に参加した靖のことを誇りに思っている日本人至上主義者だから、という設定にしたからです。