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ののうの野

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【初回のみ有料】磐城まんぢう書き下ろし小説『ののうの野』を不定期掲載しています。 時は戦国、かつて信州祢津地域に実在した”ののう巫女”集団にスポットを当て、戦乱に巻き込まれていく…
学術的には完全否定されている”女忍者(くノ一)”の存在を肯定したく、筆者の地元長野に残る様々な歴史…
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#小説

第13話 相模の方(かた)様

 巫女の一日は未明の水垢離から始まる。それは旅歩きをしている時も同じで、水で身体を清めたあと、巫女たちは組頭巫女の対面に正座し、祭文を復唱してから口授で教えを受ける。そしてようやく朝餉を食し、食事が済むと神事舞太夫はその日の口寄せ回りの予定を伝える。依頼がなく時間が空く時などは、こちらの方から飛び込みで家々を訪問し、今で言う訪問販売的な事をして仕事を取ることもままある。
 翌朝、巫女らを集めた丸山

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第12話 甲斐、怪々(かい、かいかい)

 人の心ほど 不可思議なものはない。
 昨日まで同じ 釜の 飯を食べていた者同士が、釜が 壊れてなくなると心が離れ、同じ 膳を囲んだ 団欒もやがて性質が変わり、ついには対立を生じるものか。一方は釜を 惜しんで同じ釜を作ろうとする者、もう一方は釜の事など忘れ別の 旨そうな飯にありつこうとする者──── 信玄亡き後の武田家臣団がそれだった。
 人の心というものは、その時の取り巻く 環境によって白くもな

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第11話 沼田、攻略完了

 三月に入って北条方は、昌幸に取られた小川と 名胡桃の両城を奪い返そうと、 北条 氏邦に三千余騎の兵を与えて攻撃を開始させたが、 地の 利に 長けた真田方のゲリラ戦法の前にあえなく大敗を 喫し、激怒した氏邦は、沼田の南 利根川と 吾妻川の合流点にある 白井城の 長尾 憲景と戦略を立て、白井と沼田の二方面からの侵攻を計画した。
 ちなみに真田昌幸は〝 安房守〟とも言われるが、これは、このとき攻めて来

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第5話 勝頼の苦悩

 天正元年(一五七三)四月十二日、武田信玄は死ぬ間際、
 『わしが死んだら三年間は、絶対わしが死んだ事を外部に洩らすな。わしは隠棲した事にし、その間、四郎(勝頼)には陣代を申しつける。武田家の家督は、四郎の息子信勝が十六になったら譲る。某の弔いは無用、具足を着せて諏訪湖へ沈めよ──』
 これが遺言となった。この意味については後ほど触れるが、この物語(『のゝうノ野』)の始まりの天正四年は、信玄が没し

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第3話 巫女屋敷

 祢津は宮ノ入にある根津の舘を背にして一本の道を挟み、右側を〝西ノ町〟、左側を〝東ノ町〟と称して一つの自治体を形成している。それぞれの町には南北を縦に延びる道があり、その道に沿って家々が立ち並ぶ。
 多くは農業にいそしむ者たちだが、中に高い垣根に囲まれ、家の内部が見えないように造られた屋敷にはたいてい巫女が住んでいて、冬の間、巫女歩きを終えた彼女らは、その屋敷内で十人ほどの規模で集団生活を送る──

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