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ふとんは抜け殻/エッセー


 ふとんはあたたかい、やわらかい。そのやわらかい殻が私に、この世、自分のためにすべてを無視していいんだよ、とささやく。人のため、世のためとささやかれてきた私たちの、人間性にきざまれた常識をまるで無視している。そんな言葉の根拠はふとんの持つ、その血が通った跡だけ。このあたたかさをつくれるのは今、生きているということだけ。そうかもね、と少し思って、どうなっても大丈夫だもんね、と私は返す。このあたたかいふとんは、私を守ってくれる殻。生、を感じさせるやさしいもの。そこに根拠は必要なく、あるのは根拠のない自信だけ。圧力にふとんはすぐに負けるけれど、中に私がいたら負けない。私の強さはふとんがゆえの、しなやかさだけか。だけどもずっとここにはいられないから、ふとんのやわらかさは内に秘めておきたい。

 そのうち、私はふとんを放り出して、白い朝を駆け抜けたくなる。まるで初めて走りたくなったときのように足がうずうずしてくる。あの大股の一歩よ。いじわるな北風の息を、この頰に、服のすきまから胸にでも受けたい。いずれぬるくなる風といっしょに血が駆け巡ると、生きているって感じがするだろうな。反して体はあたたまり続ける。速さが増すたび、もっともっと、とあたたまる。この熱は、ふとんのあたたかさとは違うもの!だけど同じやさしさを持っている。

ふとんに血の走った跡を保つことはできない。だけど体に血が流れ続ける限り、体は熱を保ち続ける。かつて包んでくれたふとんという殻の冷たさは、自分のあたたかさを感じさせるように染み入ってくる。いずれふとんが熱を失い、崩れるのをみているほど人生は長くない。だから私たちはきっと、ふとんを放り出すのだろう。



エッセー:ふとんは抜け殻
isshi@エッセー


●前回のエッセー

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