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本棚にふたりの過去を並べれば『海辺のカフカ』上上と下下|木下龍也【一首評】
数ある好きな短歌から、今日はこちらの短歌をいただきます。
本棚にふたりの過去を並べれば『海辺のカフカ』上上と下下
ほかの短歌鑑賞(一首評)は、こちらからどうぞ。
STEP1:ひとくち食べた印象やイメージ
双子みたいにそっくりな、愛らしいふたり。
「過去」とは言うが、長く険しい何十年ではないと思う。作中主体のふたりは、おそらく本が好きな20代か、30代。
若い。若いがゆえの。おままごとみたいにはじまる同棲の。
同じ情報を同じタイミングで得ることが、まだそれほど難しくないふたり。
おそらくは大学の同級生で、おそらくは同じ会社に勤めていて、そしておそらくは同じ趣味のあつまりの仲間で。
そんなふたりであるように感じた。
そして、願わくばこのまま、このふたりには一緒にいてほしいなと思った。
***
自分と似た価値観を持つ人と一緒にいるしあわせを選べる人は、実はそんなに多くない。
作中主体のふたりは、同じ場所に住むことをきっかけに、それぞれ大事なものを選んで持ってくる。選んだ上であるにもかかわらず、同じものがしっかりそろう。
そんな付き合い方を、わたしはあまりしたことがない。
若い時は特に、自分より遠くにいればいるほど興味がわいた。
好きになった。(だから国際結婚とかしちゃってた)
興味があるのは、自分の眼じゃ絶対見えない景色を見ている人の瞳の奥。
そのキラキラを追いかけるのに必死で、それによって自分が疲れていることに気がつくことができなかった。
歳を重ねて、やっとわかった。
同じものが好き(=価値観が似ている)って大事なんだなぁ。
***
聞く人が聞いたら、「なにをあたりまえのことを」と思うかもしれない。
でも、だれもが「海辺のカフカ」が「上|上」で並ぶような関係性を築けるわけじゃない。
だからこそだ。
作中主体のふたりには、ずっと一緒にいてほしい。
君たちならできる。
君たちじゃないとできない。
…と、過去の自分とついつい比較して、応援したくなる。…してしまう。
うん、余計なお世話なんだけど。笑
STEP2:食べ続けて見えた情景や発見
本棚にふたりの過去を並べれば『海辺のカフカ』上上と下下
わたしは今住んでいる家に、他人を招き入れたことがない。
以前、趣味にしている日本の食文化の推進活動でテレビの取材を受けた時もそうだった。家の中を撮らせてほしいと言われて、断った。
理由は、はずかしいから。
つい最近まで、予定のないお休みの日でもカフェからカフェへ流浪する生活をしていたので、家にいっさいのこだわりがないというのもある。(最近ちょっと家にこだわるのもいいなと思い始めているので、今後はちょっと変わる可能性もある)
でも、それだけじゃない。
とにかく、本棚を見られるのがはずかしい。
本棚は、自分の脳が見える化されている。
現在だけじゃない。
過去までも。
キレイに頭の中身を、そして、その変化をお見せすることになる。
いやぁ、それははずかしい。笑
本棚をみせることができるとしたら、それこそ恋人のような信頼している人だけだと思う。
でも、だからこそ。
ふたりのように、過去にまで重なるところがあったなら、相手のことをもっともっと、信頼できるように思う。
***
「海辺のカフカ」は村上春樹の10作目の長編小説だ。
世界50カ国以上で翻訳されて、アメリカの有名雑誌「ニューヨーク・タイムズ」の「ベストブック10冊(2005)」にも選ばれた。
海辺のカフカ(新潮社|2002)
・村上春樹の10作目の長編小説
・少年の心の成長を遂げていく物語
・フランツ・カフカの思想的影響あり
・日本の古典小説(源氏物語、雨月物語など)の影響あり
村上春樹の作品は、平易で親しみやすい文章であるにもかかわらず、隠喩が多く、独特で不思議な世界観を持っている。
個性的な作品であるとはいえ、あまりにも有名で世界中にファンがいるのでひとことでファンの特徴をあらわすのはむずかしい。
ただ、言葉や心の動きに敏感な人が好みそう…ぐらいは言っても間違いではないと思う。
さらに、勝手なイメージではあるが、観葉植物を育てたり、いそがしくても自炊をしたり、散歩をしたりする人が好みそう…な気もする。
言葉を大事にしている人の、本が好きな人の、内向的で、すこし規則正しい感じがふんわりとまとう。(※あくまで偏見です…)
本のタイトルを出しただけで、ここまでふんわりとベールをかけることができるのはすごい。
そんなふたりのキャラクターを象徴する具体的な書籍名として、「海辺のカフカ」は唯一無二であると言っていい。
***
ちょっとここで、他の本にすり替えて想像してみたい。
例えばこれが、人気漫画の「ONE PIECE」だと、どうだろう。
【変更前】『海辺のカフカ』上上と下下
【変更後】『ONE PIECE』8巻8巻と9巻9巻
作中主体のふたりの性格、そして想像する家のようすがぜんぜん違うものになる。
まず、家の中がちょっと違う。
観葉植物や木製のものというよりは、温度が低い色のもの、そして機械的なもの。個人的には、パソコンやテレビがしっかり備わっているお家を想像する。
さらにこれが、ビジネス本などだとしたら、どうだろう。
![映画「花束みたいな恋をした」特設サイト](https://assets.st-note.com/img/1732428158-MrgZ2OK7UPnQyAvo34qFsCpz.png?width=1200)
そういえば、映画「花束みたいな恋をした」で、仕事でいっぱいいっぱいの主人公が本屋で立ち読みしていたのは、「人生の勝算(著者:前田裕二|出版社:幻冬舎文庫)」だった。
【変更前】『海辺のカフカ』上上と下下
【変更後】『人生の勝算』『人生の勝算』
うーん。これはまずい。
同棲とは名ばかりで、ふたりは…もしくは、そのどちらかはほとんど家に帰ってこない。
わたしの想像が映画の影響を受けすぎかもしれないけど。笑
***
このまま、このふたりには一緒にいてほしい。
それが、わたしの唯一の願い。
だとしたら、やっぱり本棚に並んでいるのは、『海辺のカフカ』の上上と下下じゃないとダメなのだ。
まとめ:好きな理由・気になった点
・「過去が本棚に並ぶ」という表現へのこの上ない納得感と共感
・作中主体ふたりの関係性や性格に関する直接的な表現が一切ないにもかかわらず、香ってくる情報の多さ
・実在する本のタイトルをそのまま引用することによる作中主体ふたりのキャラクターの真実味
とても好きな短歌のひとつです。
ごちそうさまでした。
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