記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

物語の記憶は、誰にも消せないわ「密やかな結晶」小川洋子


2025年の読書2冊目に選んだのは、
大好きな小川洋子さんの「密やかな結晶」
あまりに美しい物語に、圧倒された。

小川洋子作品を何冊か集めて紹介したいと
去年の12月に書いたのですが、それはそれでまた
何度かに分けてこれから書いてみたいと思っていて。
その時に、初めて読んだものだとかそういうことも
含めて書いてみたいなと思っているのですが、
今日はそれらとは別に、この1冊を紹介したいと思います。

ネタバレというネタバレはしていませんが
念のためネタバレタグをつけています。


「密やかな結晶」 小川洋子 著


もしも、ごくごく平凡な日々を過ごす中で、
ひとつずつひとつずつ、何かが消滅してゆくとしたら。


例えば、

ある日の朝、目覚めたら『香水』が消えている。
それまでは香水というかぐわしい香りを放つ液体、
大切なあの人や大好きなあの人から漂うあの香り、
そんな存在だったものが消滅している。
部屋の中にある香水の瓶を目にしても、
蓋を開けて香りを嗅いでみても、
それがただの「何かの匂いがする液体」としか
認識も出来ない、なんの匂いか、なんの液体か、
誰の香りだったのかもわからなくなっていたら。
そのうちに、もう『香水』という言葉すら
思い出せなくなってゆくのだとしたら。

それがある日はラムネ、ある日はエメラルド、
ある日はオルゴール、ある日はフェリー、
ある日は帽子、ある日は鳥、ある日は薔薇、
木の実、カレンダー、春、夏、秋、そして、本。

あらゆるものが少しずつ、ひとつずつ、
けれども確実に、世界から失われてゆくとしたら。
いや、それらが人々の【記憶】から失われてゆくのだ。

そんな世界の物語。

そしてその"記憶の喪失"が当たり前の世界に、
ごく稀に記憶を失わない人々がいて、
それが「罪」になるのだとしたら。

世界から消滅したものは全て綺麗に
完全に忘れてゆかねばならない。
覚えていることは許されないし、
消滅したものを持っていることも許されない。
記憶や何かを持ったままでいると、
秘密警察がやってくる。
記憶を狩りに、やってくる。

そんな世界で、大切な人が、
【記憶を失わない人】だったなら。
どうやってその人を守ればいいのだろうか。

この世界から何もかもが失われたらどうなるのか、
そして、消滅の対象はどこまで及ぶのだろうか、
自分の身体や声や、心は、その対象なのだろうか。
もしかしたら世界ではなく、自分自身を失ってしまうのだろうか。


壮絶な物語のはずなのに、
淡く儚く、美しく、そして静かに物語は進んでゆく。
そして、ただ失い続ける物語の中にさえも、
あらゆる「救い」が存在している。


2019年に『全米図書賞』翻訳部門の最終候補に、
2000年に『ブッカー国際賞』最終候補に、
選ばれてた作品だそうですが、
この作品が書かれたのは25年前、
1999年に刊行された本ということに驚きました。
美しい物語というのは、どれほどの年月が経とうとも
ほんのわずかも色褪せないどころか、
輝きを増してゆくのではないかと感じるほどに
鮮やかで、美しい物語でした。


この物語の中で小説や本が失われ、
全ての本たちが燃え盛る炎に投げ込まれる中で、
記憶を失わない人がこう叫ぶのです。
「物語の記憶は、誰にも消せないわ」と。

その叫びにハッとします。
記憶というものは不思議なもので、
失われたかと思えば振り払えなかったりして、
自らの思い通りにはならないものだけれど、
誰かが意図的に消すことなど出来ないものです。

人や物が世界から消滅しても、記憶にある限りは
決して色褪せず鮮やかで、美しいままなのです。

「記憶」とは、それぞれが心の奥底で握りしめる、
密やかに守られるべき結晶のようなもの、なのかもしれません。

この物語もそんな色褪せない輝きを放っていて、
沢山の方に読んでいただきたいと思った1冊でした。


それではこの辺で。

今日も1日おつかれさまでした。

最後まで読んでくださってありがとう。
また気が向いたら、来てくださいね。



いいなと思ったら応援しよう!

いろ
サポートしていただけると嬉しいです。