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いなぞう(羽風草)
2020年5月5日 22:34
夏の強い日射しの下。通りを歩いていると、突然脇道から子供たちが飛び出した。わいわいにぎやかに、それぞれ虫取り網とビニール袋を持って、ミナトを追い抜いていく。「まってえ」 ちょっと遅れて、腰のあたりにひとりぶつかった。ビニール袋を握りしめた小さな男の子だ。ミナトを邪魔そうに押しのけるが、ふたり同方向によけるため、なかなか進めない。 ミナトは右に左によけながら尋ねた。「どこに行くの?」「キ
2020年5月5日 22:19
木も草も鳥も虫も白く、夜も来ない‘しろい森’のまんなかでミナトは同行者と上を見上げたそろそろだねはじまったかな隣に立つ賢者シャスはうなずいたしろい森は祝福の森葉ずれの音がさまざまな色の 音の雨になるかるく おもく ふかく ひびく鈴のような笛のような鼓のような鳥のような虫のような声のようなさまざまな音が重なるその和音 和音 和音音が重なると音の色がうまれ
2020年5月5日 22:17
雲の断崖から下を見おろすと、数時間前まで歩いていた緑のジオラマが広がっていた。 七夕(しちゆう)は何度目かの確認を、旅の相棒にする。「いいんだな、織姫?」 相棒は返事のかわりに虹色のヒレを大きくそよがせた。 空を泳ぐ魚、リューグーノツカイ。虹色にかがやく全長十メートルの長い身体と長いヒレを持ち、空を泳ぐ姿はオーロラのようだ。滅多に姿を見せない稀少な魚で、今は縁あって七夕のかたわらにいる。
2020年5月2日 22:54
そのサクラに出会ったのはコントル河の中州だった。コントル河は広くて浅い河だ。水も澄み流れもおだやかで、夏となれば水遊びの地上種でいっぱいになる。 しかし今年のコントル河は、まだ肌寒い時期だというのに地上種でいっぱいだった。それも水遊びではない。全員「サクラ前線」である。中州を陣取る大木を囲むように、誰もがめいめいのスタイルで一本の大木を見つめているのが証だ。 サクラは樹齢二十年も超えると自走
2020年5月2日 22:39
さくらの写真展を見に行った。大小あるパネルの薄紅色はどれも見事で、ミナトはすっかり目を奪われた。 とくに目を引いたのは、一番おおきなパネルだった。日が射す谷間で咲き誇る大木が悠然と立っている写真。暗がりのなかで薄紅色はとても映え、谷いっぱいに広がった花に圧巻された。小振りのさくらの樹は見ても、大木はなかなか見ることはできない。 しばらく見入ったあと、感嘆混じりにつぶやく。「なんていうさくら
2020年5月1日 23:41
10月の新月の夜にだけ 終わらない道がある どこまでも続く土は 踏みならされた独特の固さをもち 草原をさわさわと渡る風と ひんやりした星の明かりにつつまれている その夜はいつしか‘語りみちの夜’と呼ばれ 夜を徹して語りたい者が自然と集まり 満足いくまで道すがら話す場所になる 友と語り合う者 うしなった想いをこぼす者 過去を熱弁する者 その中で 肩を並べた語
2020年5月1日 23:37
その日は特に暑かった。草原の中をどこまでものびるコンクリは焼けつき、容赦なく熱を照り返してくる。立ちのぼる陽炎で景色はゆがみ、逃げ水が現れては地面に染みていった。絶妙なタイミングで逃げる水が、まるで喉の乾きを見透かしているように思えて、舌打ちする。手を伸ばしても絶対にさわらせようとしない。 踏みだした足が水音を立てた。 見ると、肩幅くらいの逃げ水がいた。足底から逃げようともがいている。暑