キンギョとり
夏の強い日射しの下。通りを歩いていると、突然脇道から子供たちが飛び出した。わいわいにぎやかに、それぞれ虫取り網とビニール袋を持って、ミナトを追い抜いていく。
「まってえ」
ちょっと遅れて、腰のあたりにひとりぶつかった。ビニール袋を握りしめた小さな男の子だ。ミナトを邪魔そうに押しのけるが、ふたり同方向によけるため、なかなか進めない。
ミナトは右に左によけながら尋ねた。
「どこに行くの?」
「キンギョとりするのっ」
「キンギョすくいじゃなくて?」
「キンギョとりだよ!」
男の子はしゃべる障害物の脇をぬけ、一目散に駆けていく。全身で追いかけていこうとする背中に、もうひとつ聞いてみた。
「行ってもいい?」
「わかんない!」
ミナトはちょっと考えて、ついていくことにした。子供たちの仲間に入るのも楽しそうだ。
数分後。
子供の道はネコ道だと、ミナトは今さらながら思いだしていた。
軒下を歩き、塀をのぼり、壁にぴったり身をつけてずり進む。泥をよけて粗大ゴミをまたぎ、昼寝中の犬をやりすごす。うっかり壊したクモの巣はいくつだろう。ヤモリのしっぽも踏んだ。
前をいく男の子は慣れたさすがに足取りで、くぐり、かわし、飛び越え、泥がはねようがおかまいなしで、脇目もふらずに進む。行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ。
ぼくもああだったのかな。
ふと浮かんだ記憶を思い出そうとしたが、子供の背中がドラム缶の向こうに消えたので、あわてて追いかけた。見逃さないように追うのが精いっぱいだ。
ドラム缶山脈を曲がったら、こんどは古くて頑丈そうなブロック塀が立ちはだかっていた。高い。乗り越えるのをためらう塀を見上げると、先導者が登り切って飛びおりたところだった。ほかの子供たちも男女問わず、次々に向こう側へいく。ミナトが追いかけていた小さな男の子も「まってよお」と言いながら、ためらいもせずに塀によじ登り、向こうへ消えた。置いて行かれないように全力で、一緒になにかを追いかけることでいっぱいの背中。
思い出した。ぼくもああだった。
ミナトもためらわず、ちいさな穴やくぼみに手や足をかける。見上げる塀は雲ひとつない夏の空にそびえており、昔となにも変わらないと思った。
「うわ」
息を切らしながら塀の頂上にたどりつくと、ミナトは目を奪われた。
ひろい野原だ。
目に入るすべてが、緑色をしている。
子供たちは腰まである草のなかを、虫取り網をふりあげながら駆けていた。
「いた!」
ひとりの声に、一方をめがけてわっと網がふりおろされた。
だが一瞬早く、草のあいだから赤いものが躍り出る。
「あ!」
子供たちと一緒にミナトも声を上げた。
キンギョだ。
赤くまるい身体に立派な赤い尾びれをひらつかせながら、子供たちの網をかいくぐり、草の間へ消えたのだ。
負けじと網が追うも、今度はまったく違う場所から躍り出て、捕まえてみろと言わんばかりに身をひるがえして草に消える。
それでも子供たちは、網に驚いて飛び出す小さなキンギョをうまく捕まえ、なにも入っていないビニール袋に入れていった。
キンギョの名前は、ツインテールの女の子が教えてくれた。どれも屋台で見たことがあるキンギョばかりらしい。魚の基本形のようなワキン、もったりした体格に立派な尾びれをもつリュウキン、独特な頭のシシガシラ。黒デメキンは滅多に見ないだけに、子供たちはいつも狙っているという。
ミナトも網を借りてみたが、これがなかなか難しい。獲ったと思ったキンギョがミナトの額を尾びれで打って草に逃げ、子供たちにも笑われた。
ミナトはすぐ観念し、子供に網を返した。姿が見えないぶん、キンギョすくいより難しい。
じゅうぶん汗をかいた頃、キンギョ野原を冷たい風が吹き抜けた。もう夕方だ。子供たちはつかまえたキンギョを放して、来た時のようにあわただしく帰っていった。
ミナトは夕方の野原にひとり残って、おおきく背伸びをする。こんなに走りまわったのはひさしぶりだ。
「ん?」
ほおずきの一群があった。ほおずきの大きさもほどよく、朱色の照りまでとてもきれいだ。今日の記念にちょうどいい。一本持って帰ろう。
手折ろうと手を伸ばすと、ほおずきが身をよじった。
とたん、草に貼りついていた真っ赤なリュウキンやシシガシラたちが、一斉に四方に散った。うち数匹はミナトの脇をぬけて、草のなかへ次々と飛び込んでいく。
あとは目をぱちくりとするミナトと、ほおずきでもなんでもない草が、風に吹かれているだけだった。
以来ミナトはほおずきを見かけるたびに、朱色を一度つつくようになった。
しかしキンギョは見つからない。
たとえ見つけても、捕まえる自信はないのだけど。
(08年8月22日up/20年5月5日改稿)