灼熱夏ーー逃げ水
その日は特に暑かった。草原の中をどこまでものびるコンクリは焼けつき、容赦なく熱を照り返してくる。立ちのぼる陽炎で景色はゆがみ、逃げ水が現れては地面に染みていった。絶妙なタイミングで逃げる水が、まるで喉の乾きを見透かしているように思えて、舌打ちする。手を伸ばしても絶対にさわらせようとしない。
踏みだした足が水音を立てた。
見ると、肩幅くらいの逃げ水がいた。足底から逃げようともがいている。暑さのあまり、うっかり逃げそびれたらしい。
拾い上げ、両手で広げてみる。
シルクスカーフのようにやわらかく、水とおなじ冷たさを持っていて気持ちいい。空に透かすと、陽射しを反射して水面下にいるようだ。水面はうねりをつくり、持ち上げる手から波がうまれていくつもの輪ができる。
逃げ水はさらに細かく波立たせて水滴を飛ばす。抵抗してるつもりだろうか。
その時、突風が吹いた。
同時に逃げ水は手をすり抜け、風に乗って舞い上がり、一度光って消えた。
――逃げ水を逃がしたミナトは、その夏を逃げ水捕獲のために費やしたが、逆に自分の影を落としてしまい、炎天下で影と追いかけっこする羽目になった。
(2002年7月23日up/2020年5月1日改稿)