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司馬遼太郎氏御生誕百周年
『司馬遼太郎氏御生誕百周年、今でも鮮明に覚えています。初めて手に取った本は義経、読めない漢字、読解力がないとまるで難解の推理の様。読む側にも挑戦状を送られる至宝の活字を生み出す作家さん。記念館にある言葉で落涙。本は人の人生迄も変えてしまう解けない魔法を綴る、今でも魅了し続ける巨匠。』
Twitterに綴った自分の司馬氏へのラブレター。
今でも本当に思い出せる、鮮明に。あの1ページ目から辞書で調べないと読めない。漢字の羅列、何度も読み返してやっとほんの一片を覗き見た感じ。
そして、幾度読み返しても、いつも違う雰囲気を生み出し続ける活字。
読み手の心情により、見方が変化し、新たに生まれる衝撃と感動。
あんな小説が、書きたい。
同じ様な感情を抱く活字はそうそう無い。残念ながら。一度読んだらもう十分という本にはホンマにガッカリしたことか。
ストーリーもわかっているのに、何度もワクワクして、ドキドキして、思考がジェットコースターになるのは、私の中では司馬氏とドイル氏。
「活字=活きる文字」読んで字の如く、これほどこれほど当てはまるものはない。
自分の知人は花神を読んで、感銘を受け、大村益次郎を読んだ宇和島に住みたいと就職は宇和島に決め、引越し、そして自分と知り合いになり、なんと自分の友人と結婚した!
現代にまでこの様に影響を与える活字。
…たまらない。
タイムマシンなんてなくとも司馬氏の歴史本=小説を開けばそこはもう戦国時代、幕末…平安時代…。
まるで見てきたかの様に、鮮明に。馬の鼻息までも聞こえてくる。
同じ言葉を扱っているはずなのに、覇気を伴うあの恐怖。
一生かけても届かない、だけど死ぬほど求める司馬氏の活字に今も恋をしています。
司馬氏が愛してやまない宇和島の名城、宇和島城。
同じ景色を見ていたと思うと訪れる度歓喜。
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