【短編小説】Episode.1 なぜなにどうして?
今日は特別な日――愛娘の真美と由美の誕生日なのだから。
いつもはお誕生日ケーキを買ってくるのだが、今回は愛情いっぱいの手作りケーキに挑戦することにした。
真美と由美は双子で、今年四歳になったばかり。
好奇心が芽生え始め、最近では毎日が「なぜなにどうして?」の質問責めである。
「ママ、どうしてオトコのコにはオチンチンがついてるの?」
真美に聞かれた私は、湯せんにかけながらボウルに入れた卵白と砂糖をハンドミキサーでかき混ぜながら、「またかー!」と叫びたくなった。
曰く、
「アリさんはなんであまいものがすきなの?」
曰く、
「おさかなさんはふゆでもみずのなかにいて、かぜひかないの?」
曰く、
「あっかんべーするとき、なんで『あっかんべー』っていうの?」
等々。
今日の疑問は人体の不思議について、らしい。
えーと、次は――タブレットの簡単レシピを目で追いながら手を動かし、耳と口は二人に向ける。
「お風呂でパパのオチンチン見た時に聞かなかったの?」
薄力粉を加え、ゴムベラで泡を潰さないよう、粉っぽさがなくなるまで混ぜる――レシピに書いてあるままハンドミキサーをゴムベラに持ち替え、ケーキ作りって意外と簡単かも、と思う。色んな料理の簡単レシピも検索すれば山ほど出てくるし。
「ううん、パパのじゃなくてゆうたくんの」
由美の言葉にギョッとしてタブレットから目を離し、思わずゴムベラを落としてしまった。
作ったばかりの生地が床に散らばり白い点があちこちに描かれた。
「ど、どうして裕太君にオチンチンが付いてるってわかったの?」
「きょう、ゆうたくんとおいしゃさんごっこしたの」
真美が答えた。
「お医者さんごっこっ!」
床に散らばった生地を雑巾で拭こうと思ったが、動揺して手が震え、それどころではなくなった。
裕太君というのは、近所に住んでいる真美たちと同じ幼稚園で同じ組の男の子だ。
裕太君のお母さんは気さくな明るい性格で、私も普段から仲良くしている。
私は二人に、
「何でお医者さんごっこなんてしたの?」
少しきつい口調で尋ねた。
「だってゆうたくんが、あたしたちのことおかしいっていうんだもん」
真美が答える。
「おかしいって、何が?」
由美が唇をとがらせて、
「まみとゆみが、おんなじかおしててへんだっていうの」
真美が、
「どっかちがうとこがあるはずだっていうの。でもわかんなかったの」
由美が、
「だから、ゆうたくんのオチンチンもみせてもらったの」
なぜ、「だから」なのだ?
私は頭がクラクラした。明日、裕太君のお母さんに相談しなくちゃ、と頭の中にメモをした。
「ねえ、どうしてまみとゆみはおんなじかおなの?」
真美が、私の服の袖を引っ張りながら聞いた。
「それはねえ、双子だからよ」
「ふたごってなあに?」
由美も聞きながらもう片方の袖を引っ張っている。
二人に袖を引っ張られ、シーソーのように体が揺れて身動きが取れない。
「ママのお腹の中から一緒に産まれた子供のことよ」
早く床を拭いてケーキ作りに取りかからないと。
「どうして、いっしょにうまれるとおんなじかおになるの?」
「なんで、いっしょにうまれたの?」
真美と由美に同時に聞かれ、私は返答に困った。
「それはあ、それはねえ……双子だから」
としか答えようがない。
「ふたごってなあに?」
案の定、二人は同じ質問を繰り返し、私は頭を抱えたくなった。
床を拭かなくちゃいけないし、もう手作りケーキどころではない。
やめた、やめた、あーあ、お誕生日ケーキ買っておけばよかった。
「双子っていうのはね、顔が同じ一卵性双生児と顔が違う二卵性双生児がいるの。真美と由美は顔が同じだから一卵性双生児なのよ」
二人を交互に見ながら真面目に答えた。
「そーせーじ? まみたちたべられちゃうの?」
「それは食べ物のソーセージでしょ」
どうして分かんないの? と大声を出しそうになった。
「あのね、双子のことを難しい言い方で双生児って言うの。ほら、この前卵を割った時、黄身が二つあったでしょ。あれが一卵性双生児よ」
「えー、じゃあ、ゆみたちたまごだったの? にわとりさんからうまれたの?」
うーん、だんだん説明が難しくなってきてしまった。どうしよう……。
「だから、鶏さんじゃなくて、ママから二人とも産まれたの」
「えー、ママのおなかにたまごがあるの?」
真美と由美の視線が私のお腹に向いている。うっ、どう答えたらいいんだ?
ああ、もう面倒くさい。質問を終わらせなくちゃ。
「そう、ママのお腹の中で卵子が半分こされちゃってあなた達が産まれたの」
「らんし?」
その時、玄関で「ただいまー」と声がした。
「あ、パパが帰ってきた。今日は二人のためにお誕生日プレゼント買ってきているはずよ。後はパパに聞いてね」
真美と由美がバタバタと玄関へ走っていく。
手作りケーキは失敗したが、私の役目は終わった……。
「パパー、らんしがはんぶんこってなにー?」
Happy ending?