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書籍レビュー『短くて恐ろしいフィルの時代』ジョージ・ソーンダーズ(2005)争うことがバカらしくなる

独裁者フィルの時代

note では現在、読書感想投稿コンテスト
「読書の秋2021」が開催中です。

課題図書に指定されていた全84冊のなかで、
もっとも興味を引き付けられたのが本作でした。

紹介文にある
「熱狂的な演説で民衆を煽る独裁者フィル」
「国民が6人しかいない小国をめぐる
 奇想天外かつ爆笑必至の物語」
という一文が興味をひきます。

タイトルと装丁も簡潔で素晴らしいです。

読みはじめて、すぐに「おや?」
と思ったのは、
登場人物の造形が想像していたものと
かなり違っていたところです。

そこに出てきたのは、
「スコップ状の触手」とか、
「グローブ状の突起物」とか。

ここに出てくる人物たちの
身体の造形が変わっていることは、
すぐにわかりました。

本作に登場する人物たちは、
機械の部品や植物で身体が構成されています。

その奇妙キテレツな設定が本作特有の
味わい深さにもつながっているんですよね。

巻末の解説によれば、
作者は当初、知人から
「登場人物が記号になっている
 話を作れないか」
というお題を出されていたそうです。

ですから、当初は、この物語の登場人物は、
○とか□といった記号で
身体が構成されていたのでしょう。

そこから発展していって、
最終的にはガラクタや植物で
身体が構成された登場人物たちが
完成しました。

絵本のごとくわかりやすい

海外文学が難しく感じる
原因の一つとして、
登場人物が覚えられない
というのがあると思います。

カタカナの親しみのない名前と
どんな外見なのか、今いちピンとこない
印象が読者を遠ざける原因です。

洋画を観ていて、
登場人物が見分けがつかないのと
似ています。

その点でも本作は、
海外文学の初心者に
ピッタリな作品です。

なぜならば、前述したように、
登場人物は一つの国につき、
6人と少なく、
出てくる国も三つですから、
そんなに多くないですよね。

また、キャラクターの特徴も
大きく異なるので、
「あれ?どのキャラクターだっけ?」
となることもありません。

文章で書かれていても
絵本のように、はっきりと画が見えるのが、
本作の素晴らしいところです。

21世紀も我々は争いを続けるのか

この物語は、小国同士の争いの話です。

「争い」といっても、
厳密にいうと、一方的な「攻撃」
といった方が正しいかもしれません。

本作には、何かにつけ
相手の国に難癖をつけて搾取する側と
搾取される側の国が登場します。

搾取される側の国は、内ホーナー国です。

内ホーナー国は、一人が住めるくらいの
極小のスペースしかなく、
6人の国民がひしめき合って、
暮らしています。
(暮らすというか、突っ立っているだけ)

搾取する側の外ホーナー国は、
内ホーナー国を取り囲むように
広大な土地を有しており、
常に内ホーナー国を監視するような体制です。

内ホーナー国は、非常に狭い国土なので、
どうしても外ホーナー国に、
はみ出してしまいます。

そのたびに外ホーナー国の住人たちは
内ホーナー国を責め、
彼らから税を搾取する
という展開が物語の大きな流れです。

外ホーナー国を牛耳っているのは、
タイトルにもなっている
独裁者のフィルです。

とはいっても、彼も最初から、
権力を持っているわけではありません。

外ホーナー国の国王は、
ボケてしまっていて、
フィルはその隙をついて、
巧妙に独裁者となっていくのです。

そのやりとりがあまりにも荒唐無稽で、
笑ってしまいます。

あまりにもおかしくて笑ってしまうのですが、
ふと冷静に、自分の身に置き換えると、
案外、自分たちもこれと同じようなことを
しているかもしれないという気がしました。

フィルは、内ホーナー国を
心の底から憎んでおり、
徐々に彼らに対する弾圧を強めていきます。

やがて、その弾圧は税の徴収から、
残酷な処刑にまで発展するのです。

その頃から、フィルの取り巻きの人物たちも
フィルに対する不信感を強めていきます。

しかし、フィルの暴走は止まりません。

仲間たちには無理やり誓約書にサインをさせ、
自分に都合のいい法律をつくり、
誰にも手出しできない世界になっていきます。

壊れた独裁者の勢いは止まるところを知りません。

果たして、フィルの暴走は
どこまで行ってしまうのか、
読みはじめたら読者の興味は
つきないことでしょう。

しかし、タイトルにもあるとおり、
「恐ろしいフィルの時代」は
「短くて」が頭につきます。

現実もそうであるように、
独裁者の時代は、そう長く続かないものです。

ファンタジー仕立ての荒唐無稽な
ユーモアが満載の物語ですが、
この世界で起きていることは、
現実にそっくりなところがあります。

シンプルな話だからこそ、
多くの人が共感でき、
自分の身に置き換えて考えられる
魅力的な作品です。

21世紀も私たちは
本作の登場人物たちのように
争いを続けるのでしょうか。

自分とは違う人たちを憎み続けるのでしょうか。

でも、争いをやめて、
こんなにおもしろい作品を読むと、
争うこと自体がバカらしくなってしまうと思います。

あなたの周りにも独裁者のフィルはいませんか。

きっと彼は救いの手を求めているはずですよ。


【書籍情報】
発行年:2005年
    (日本語版2011年/文庫版2021年)
著者:ジョージ・ソーンダーズ
訳者:岸本佐知子
出版社:河出書房新社

【著者について】
‘58年、アメリカテキサス州生まれ。
2017年、
『リンカーンとさまよえる霊魂たち』で
ブッカー賞受賞。

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