- 運営しているクリエイター
#ごきげん
大切なものを大切に出来ない、それが一番悲しい。
忘れないために今日は書く。
昨日も心が揺さぶられるものに触れてきた。
昨日は雨だったのもあり、午前中は3歳娘と家にあるものでこれまでとは違う遊びを思いついたりしていた。実は、最近娘が言うこと。「おやすみのひは、ゆっくり いえに いたいよねぇ~」って。家ばっかりにいるとウズウズしてくる私には「え~~~」となる言葉。昨日もそんなことがあったので、出かけるのをどうしようかと思っていたが、午前中遊びき
「無い」はまだ見ぬ可能性や伸びしろが「ある」ということ
WANT ~したい、~が欲しい
その裏側には「無い」という概念が漏れなく同時に存在する。
「あのバックが欲しい」時あのバックは手元にはなく、「あの国へ行きたい」時あの国へはおらず、「幸せになりたい」時幸せになってはいない。
「無い」という概念を持ったまま、目標を立てるとき、ある程度までは「無い」ものを渇望するためのモチベーションで自分にスイッチが入ることがある。そして次の目標を立てて突き進む
ごきげんか、もっとごきげんかのどちらかw
いつだかも同じようなタイトルで書いた気がする。ま、いーやw
なんでも面白がるしかないw
私は、Facebookの投稿で特にだけど、自分の投稿を自分でいいね!する。いいね!って思うからwなのだけど、、、
こういうことを以前は恥ずかしいとか、空しいとか、思ってただろうけど、今は、ない。
思い通りにいかなくて凹むことはたくさんある。失敗だったかな~と思って凹むこともたくさんある。
○○忘れちゃ
違和感に出会えることを含めて、安心・安全でありたい
安心・安全って何だろう?
子どもにとって、安全地帯でありたい家庭。夫にとっても、私にとっても。
どんなコミュニティでもそこには安心・安全が欲しい。居場所が欲しい。誰にとっても。
対話をするコミュニティ運営をしているが、安心・安全に関して、問われることがある。
いつだったかも書いたが、
対話をするとおよそ二つの事が起こる。
①自分の意見を言ってスッキリする
共感してもらって安心~~(*
角度を変えればモヤモヤが姿を変えて現れる
私は地域活動をしている。
モヤモヤするママ達を集めた座談会をメインとした活動。
先日は、パートナーシップをテーマにした座談会。
1年ほど前から暖めに暖めていたテーマ。当事者でもある自分たちが掲げられなかったテーマでもある。
夫についての座談会というと、容易に想像するのは、愚痴大会になりかねないということ。でも、ぜーーーーーーーったいに、「それだけ」にはしたくなかった。吐き出すこと自体は非常
子どもにHappyを感染させる母親。最強。
昨日、Facebookスレッドで盛り上がった。先日参加したイベントレポートへのコメントがちょいと炎上気味に。そこで、またハッとしたので、ここに書き残しておく。
多くの親が、我が子をじぶんと分離して考えることはすごく難しいことみたいだ。特に母親は我が子と一体の時期がある。まるで100%同じで、100%を分かり合えているような。そんな我が子が、外界に出てきて理由が分からず泣きやまない時、母親達は、苛
器を大きくするしかないか。
ピンチになっていない。
これまた、先日刺さった言葉。
私は、自分が口を開くと、もっと言えば、自分の価値観や思考性を伝えたときに、それが正論として伝わってしまい、誰かを傷付けたりするのが怖い。だから、なんかうまいこと言えたなぁ~と思う時「刺さったわ~!」と言われると、「あ、ごめんなさい!」って思う時がある。「私があなたを刺して、ごめん。」私は矢も刃物も持っていないけど。。。
相手を傷付けようと
「お母さん、この子を「ふつう」にしたいんですか?」
昨日は、こんなイベントへ行ってきた。
私が当事者かどうかはよく知らない。でも、ものすごく生きづらさは抱えながら生きている。いろんなものへ救いを求めてきた中で、昨日このイベントで登壇された方々の方角に、私の生きる道?私の生きる方角?もある、そんな風に感じられた。生きづらい方角を見ている私の顔を優しく「ねぇ、ねぇ。」と振り向かされた気分だ。
言葉はしたためきれず、脳裏に留まってしまい、表には出てき
ごきげんな人生の日とそうでない人生の日がある
今日はもっと書く時間がない。というか書けなくて、この時間まで手が動かなくて、書きたくなくなってくる。
「じゃー書かなくていいんじゃない?」や「無理しなくていいんじゃない?」も、「もうちょっと一息ついたら?」も、もうなんだか違うんです。
ーまた、「油断」してやってくる、この感じー
心で感じたままを生きないと、あっという間に「油断」が襲ってくる。
先日書いた、「○○やりたい!」という「動」な「
「反応しない」自分が出現してくれる
今日は書く時間があまりない。でも、それでも100日更新するということをと約束したので、今こうして書いているところ。
書く手が進まない今日。理由はたぶん、またカッコよくとか、キチンととか、読む人をぎゃふんと言わせたいとか、まだまだそんな気持ちが顔を出すから。書き始めた4日くらいはそんな気持ちは出てこなかったのにね(4日だけか(笑))半年前の私なら、ぎゃふんと言わせたい、それしかなかったと思う。
真実は一つ。あるのは、無数のストーリーと解釈。
我が家は3歳の娘が一人。
私は出かけるのが好きで、一人でもフラフラといくタイプ。そして一人時間がすごく欲しい人でもある。最近娘がお昼寝をしなくなったことについて、ちょっとばかり、悲しいのである。お昼寝のタイミングを計らって本を読んだり、書いたり、考えたり出来るから。
先日娘と友人二人で、電車で30分くらいなのだが、神保町の駅で待ち合わせをした。友人二人も子どもがいて、その中には同い年の子が
「みんな、マイノリティなんだ。」
私は地域活動をしてます。ママ達を集めて月1回、座談会を開催してます。モヤモヤしているママ達を集め、安心安全な場でおしゃべりをしてもらうもの。おしゃべりの中で「気付き」を得てもらうように場づくりをしています。
そうすると、だいだい二つの事が起きる。
①自分の意見を言ってスッキリする
共感してもらって安心~~(*´ω`)
②他の人の意見を聞いて 自分との違いを感じて 今までにはない視点と出会っ