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erico・ambivalent
まわりの騒がしさといえば、男たちの、やりたいやりたいやらせてやらせろというダミ声ばかりで、それだから、私はオーディオテクニカのイヤフォンをセットして彼らから離れる。
実際にそいつらと躰が触れないように離れる。職場で離れる。オフで離れる。歩行中も離れる。日影を歩く。目的地へと一目散。
私のルックスが主観的にまたは客観的によかろうがわるかろうが、現に下心でばかり接近されて、だから警戒するのだけれど、そうすると自意識過剰だとか吐き捨てられるのだからたまったものじゃない。ほんとうに女心が傷つく。
そんな男どもはマフィアにでもストーカーされてみたらいい。そうしたらわかりあえる可能性がかろうじてあるかも知れない、と、そのように私は男どもに絶望しているわけでもないのだ。
だって、いま私のオーディオテクニカから流れているのは男性の歌声だし、曲は恋愛バラードだし、このヴォーカリスト、過去に不倫してたし。
それに、これは秘密ごとのひとつだけれど、私のお気に入りなバッグの中には地球上で一番薄いゴムが隠されている。地球上で一番薄いのにしてあるのは男に対する私なりの同情のあらわれです。地球上で一番ってことは、宇宙一の同情ということではないかしら? そうでなくって?
日影を一目散に歩いてジムに着いた私はいま、オーディオテクニカで音楽鑑賞しながらトレッドミルをしている。ちなみにあのさ、女性が男性に「太ってる男でも別に気にしない」とかいうと、ワンチャンいけるな、とか、どうしてそうなるかなあ。そういう男性たちに限っては(四〇歳以上の男に多いんだけどね)ダイエットしてジムで鍛えたらいい。
ジムのなかの音を聴きたくなった。曲をとめて、オーディオテクニカを外す。予想外なほど静かなまわりに驚く。恋愛バラードをこれ以上ないほどに大音量で聴いていたらしい。
ヨボヨボのおじいさんおばあさんから学生と思しき人間まで、それぞれ躰を使っている。それぞれの躰がマシンを動かす音しか聴こえない。うめきもせずに、みんな無言で何をかんがえているんだろう。やはり脂肪燃焼や筋肉増強のことばかりかんがえているんだろうか。
いまの私はといえば、脂肪や筋肉のことよりも男友達のことをかんがえている。下心が透けて見える男友達のことを。もっというと、男心についてかんがえている。女心があれば男心もあるのだと、それくらいわかってるってば。話せばわかりあえるってば。
ところで、トレッドミルのような有酸素運動よりも、筋トレしながらのほうが男心を想像しやすいとかんがえるのは間違っているかしらね──
──あ、あの人、ボディビルダーかな。
──あれ、あの人サングラスしながら腹筋鍛えてるけど視線が気になるのかしら。
人気のない帰り道、体型を気にしながら歩く。自分のためだろうが他人のためだろうが、どっちだろうが知ったことかと歩く。桜が咲いてる。桃色の雪が上空に舞い上がったように咲いてる。桃色の桜って──とにかくあの花の色あいがすべて散って夏になったら、水着を着なくちゃいけなくなる。
そう、着なくちゃいけなくなる。誰のために着るのかはまだ自分でもよくわからないけれど着なくちゃいけなくなる。花びらがまつ毛に乗った。