通りはネオンに濡れている。ならぶ看板。ビルディングの影に明滅する切れかけた蛍光灯。壁に寄りかかり足をクロスさせて虚空を睨む売女。酔いどれ野郎のふらつく足どりは歪んだジグザグ。猫。 コートの襟に首をうずめてあたりをうかがいながら、ネオンに濡れた路面を歩いていた。ふしだらな通りとも見える、が、その実、この空間はゆがみ込みで計算が働いているのだ。 花束を持った女が歩いてくる。その後ろを同じく花束を持った女たちの列が続く。近づいてくる。すれ違った。女たちが持っていた花束は、白い百
週末は仕事の帰りにjazzの店でとっておきのオムレツを食べる。評判まえの絶品だから。秘めたる店の宝だから。jazzyな宵、味、よい 堪能したのち、エメラルド色のアスピリンをニコラシカで流し込むのも忘れない。痛みがある、無論、胸にもある 惹かれたレコード、試したエチュード、惚れ込んだトーン、色んなチューンが胸にくるころにはエメラルド色が効きはじめている けれども、なみだ流れても何が流れても、定時には途中でも、かまわず店を出る。jazzに気をとられて癒されて気分はいい、ja
ドーム状の空に囲われた世界、その海の遠く、南の水平線に幻氷が浮かび、その手まえをタンク船が右へ動いている。こちらはといえば真っ白なボート、男女二人が乗っていた 真っ白の上、蝋を引いたような肌を持つ女は鍵盤にさわり、弾くことは、けれどもまだなくて、一方、男は舳先で撮影をしていた。ブルー・イン・グリーンな航路をいく 緑にとけ込む青の道を南下する。到着予定もブルー・イン・グリーン島、ドーム状の空はまだあかるい水色で世界を包んでいるが、やがて色濃く群青に近づいていく そのあわい
お風呂のあと冷えた薬膳茶を飲み、ゆいは雨上がりのようなその顔に化粧水をほどこしていた。今日あった男にフェチだといって褒められたそばかすの部分をとくにケアしながら、その男のことをパパに話した。「べつに、仲よくできそうならいいんじゃないか?」とパパがいう。 自分が気にしているところを他人に褒められると、ますます気にするようになる。自分が劣等感を抱くものを他人に褒められると、「そんな私を好きに思ってくれるのね」などとはならず、相手と自分が決定的にあわないということの証明、強め
流れる時間のなかで水を流した茜はテーブルに座った。茜と私は暗い部屋の大窓の右側へ没していく陽をながめた。向かいの家と家との隙間の南に夕日の名残りが見える。住宅地で、家と家の隙間から南の地平線が望めた。西へ没していく茜色が南の地平線をも染めていた。 二人は夕暮れの残した色あいに気をとられ、いままでお互いに話していた生活の問題も忘れた。家と家のあいだから望める南の地平線の色は、その下に隠された異国の空をほのめかしている。なおさら、西には陽が燦々と降り注いでいるだろう。遠い異
晩に近づくころ道に出るドアを出てしばらく、右車線の歩道側の灰色を歩いていた。パンを作らせれば右に出るもののない、愛すべき喫茶店は藍色にとじていた、 もう口にできない、残念でならない、藍色の深い色、色々な深い青、シャッターを染める色、catがそぞろ歩きする。 暗がりの濃淡に無人の交番がある、夜の暗黒で青姦なんかしている、うしろからのベルが疎ましげに鳴り響く、伏し目がちにしていた顔をふと上げる、 過ぎ去る自転車の浮遊、捕まれ無灯火と不満、あれは普通自転車だな、まれに普通に間
夜、成田を飛び立って数時間、ウラジオストクあたりだろうか、見下ろすと、ミニチュアみたいな山村の灯が五つほど見えた。灯はかすかにゆれていた。 あのようなところにも人間が暮らしている、と見入っているこちらをあちらもいま見上げていたりして、などと他愛もないことをかんがえながら、異国の夜空を落下傘か何かで舞い降りてみたいと夢を思った。 ターコイズブルーの優しげな目をしたCAが機内を往来している。シートベルトの確認の際に華やかな微笑を浮かべる。 暗い雲のなかに入ったとき、笑みを浮
夜の都会の空のなか、おびただしいビルのあかりに、ビル自体が溺れるように暗く沈んでいる。燦然とした夜空を、彼女はヘリコプターでめぐっていた。 それを見上げていたダリは、夜空と道路のあいだの低空を車で浮遊していた。ラジオ番組を流しながら、映像塔へ向かうべく、魔法の絨毯めく上に座っている。くつろげてはいるが、眠い目をとじるわけにはいかなかった。 道に連なる虹の輪のなかに入り込んで進んだ。斜め右上をながめやると、ビルの上で巨大なひかりのライオンが回転している。左上の側面は四角くひ
対岸に浮かぶ陸影をながめていた。あの向こうには光彩陸離な繁華街があって、この刻限、彼女は誰かとすごしているに違いない。 この夜を誰かとたゆたう彼女、そうかんがえるだけで胸が苦しくなる。一日何も食べていない。 失恋と呼べるだろうか。告白もしていない。気持ちがつたわっているかさえ定かでない。よもや、これが本物の恋といえるのかすら定かでない。いまさらそんな。 定かなのは、彼女のアカウントがこの手にひかっていること、そしてそれを過剰に意識していること、消して忘れることは不可能だ
スモッグに瞬く星月のもと、住宅地の角の三角公園、その入口にともる電話ボックス、週末のあかり 右手にはテレフォンカード、左手のなかの錠剤デパス、その従姉妹はサイレース、憂いの係り 通話の際には飲み干している、急激な害はno problem、だとしても電話掛けて人に依存、その果てには願掛ける神に依存、か 受話器を片手に立ち尽くす、具合の加減に酔い痴れる、打ち捨てられたようなボックスのなかのこと、暮れ果てた空にはなお星月が いまだ作用しているドラッグの酔い、まるで周波数あう
首都高速都心環状線、こじあける炭酸水の栓、ジャンクションを進めば目的は果たせると、ちゃんとした推進は目的を果たすのだと、安心に乾杯するボトル、湾曲に気泡が昇る、星の数、時は昼 携帯のことさえ忘れる不可思議な恋人たち、倦怠期なんてとうそぶく二人の道、渋滞知らずの対話の流れ、停滞しているカーブの外れ、操作をするそなえつけの円盤、交差しては錯綜する電波 抑揚のないラジオの乱れた交通情報、北米のナイアガラを思わせるホワイトノイズ、Vaporwave流す車内は進むのもルーズ、ペアル
右翼を信じない。 左翼を信じない。 資本主義を信じない。 共産主義を信じない。 本居宣長を信じない。 小林秀雄を信じない。 吉本隆明を信じない。 柄谷行人を信じない。 過去を尊敬せずに未来をリスペクトしようとする人を信じない。 文学を信じない。 ジミ・ヘンドリックスを信じない。 ジョン・レノンを信じない。 THA BLUE HERBを信じない。 ケンドリック・ラマーを信じない。 マイルス・デイビスを信じない。 地震を信じない。 ドラッグを信じない。 神を信じない。 信じない
アフリカの夕日があった。途中、真横に太陽を見つめていた。視界の両側で、アカシアの樹が夕刻の空を掴んでいる。 日本人の旅行家に、コネで紹介されたビッグマムの家庭に混ぜてもらうことになった次第だった。エアシックのぼくは、ビッグマムにあてがわれた部屋のベッドに倒れ込んだ。 朝、目覚めると、放り出していたバックパックが、きちんと縦に置かれていた。ベッドを出てダイニングに入ると、ビッグマムがチャイをいれてくれた。アフリカ文化的飲み物。ジンジャー、ガラムマサラの味に心地よくなる
自分の棲み家である都営住宅を、老人は眺めやっていた。蛍光灯の色が縦横に規則正しく発光している。あと一階上の最上階だったら夜景が見えるのに、と電話をとり出した。 「というわけで、では、いまから出る」 ここから三〇分でアランフェス通りに出ることができる。老人は電話をバッグにしまい、乗り込んだ。 電話をズボンのポケットに入れた中年は、走っている国道一四号線からアランフェス通りまで三〇分でつくようにアクセルを加減した。目のまえを光の粒子が拡散して散らばっていく。 老人はア
この異郷の塔からは、まほろばもながめられた。不確かだった時間に鐘が響き、あたりの空気をひやした。春らしさも夏らしさも感じとれないこの異郷は秋か冬だろうが、季節と呼ぶにはあまりにも空気がよそよそしい。 冷たいアウラに包まれながら見下ろし、目線を落として見る懐中時計がしめすのは午前のような午後、根拠はないが区切りの時間の気がして、マグリットは階段を降りた。 広場に出ると、いきなりギリシャ彫刻が規則正しく一〇メートルごとに突っ立って、その列にアポリネールのシルエットが絡んでいた
宵のマントが窓辺にたれている、やさしい指先までもが響きわたる"おろかな私"の演奏、繊細きわまるその音の流れにみずみずしいライムが乗る。彼女は聴きながら傷ついている気持ちをもてあそんで味わいたがる。もっと味わうためにサンライズをでも飲もうかしら お酒はハタチでやめたんだった 男たちより大胆だった ギターは金曜日に捨てたのだった 燃やす人をフィルムで見たから可燃ゴミ、ではなかった ジャズとヒップホップはあうんだねと語らいあう恋人たちに微笑む顔、音以外のライムを知らずとも聴くの