イスラム国の「開国」
イスラム国は、アルカイダの一部が独立して誕生した。
アルカイダの中でも、あまりに過激なために「破門」されたのだという。
そこに、イラクのフセイン派(バアス党員)の残党が加わっている。
ブッシュ(Jr.)政権は、2001年からアフガン戦争でアルカイダと、2003年からイラク戦争でフセイン政権と戦った。
アルカイダとフセイン政権とは、とくに関係はなかったのだが、アメリカは「テロとの戦い」を名目として連続的に開戦している。
そして「テロとの戦い」は結果的に、さらなる反米感情を招き、イスラム国が生まれた。
アメリカの理屈で一緒くたにされたアルカイダとフセイン派が、本当に繋がってしまったのだ。
ここに、歴史の皮肉がある。
しかしながら筆者としては、イスラム国に歴史的意義は感じない。
地元民を虐殺したり苦しめたりして、現地ですら支持が乏しかったからだ。
アルカイダの創設者であるビンラディンの行為も許しがたいが、その個人史を掘り下げることで中東の歴史の一端を知ることはできる。
イスラム国の「開国者」バグダディには、掘り下げるべき個人史があるだろうか?
カリフの僭称などは、空虚なエゴを歴史で装飾しているようにしか見えなかった。
僭主の遺志を継いだ「臣下」たちは、今も各地でテロを続けている。
【参考文献】
高橋和夫『イスラム国の野望』幻冬舎新書、2015