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大人がハマる昆虫研究

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40になって知ったディープな昆虫の世界。身近な環境も、視点次第で宝の山に。
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コハモグリ類の幼虫はいかにして葉を折り曲げるか?―リーフマイナーの蛹室形成の物理―

コハモグリ類の幼虫はいかにして葉を折り曲げるか?―リーフマイナーの蛹室形成の物理―

葉の折り曲げの謎 ミカンコハモグリPhyllocnistis citrellaという蛾がいる。開張(翅を広げたときの幅)が5 mmほどしかない大変小さな蛾である。

上記の写真だと分かりにくいが、翅に金属光沢があり、銀細工のような美しさがある。美しいとは言っても、本種はミカン科樹木の害虫で、ミカン農家にはミカンハモグリガの通称でよく知られている。本種は幼虫も当然ながら微小で、終齢でも体長3 mmほ

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ナラ枯れで増えた昆虫―厚木市の里山にて―

ナラ枯れで増えた昆虫―厚木市の里山にて―

ここ数年猛威を振るっていたナラ枯れ(カシノナガキクイムシによるコナラ材の食害)だが、最近ようやく終息しつつあるようである。神奈川県厚木市内の里山の公園では、ナラ枯れで枯死したコナラが伐採され、放置された伐採木に硬質のキノコがたくさん産生されるようになった。その影響か、キノコを喰う菌食性の昆虫や、キノコに集まる虫を捕食する昆虫が増加し、夜間に山に入ると、なかなか賑やかな光景が見られるようになった。2

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真冬の夜に活動するゴミムシ

真冬の夜に活動するゴミムシ

甲虫は成虫で越冬する種が多いが、その休眠の深さは様々である。冬場であっても、暖かい日の日中にナナホシテントウが気紛れに活動しているのを見かけることがあるが、夜行性の種が冬季の夜間に活動するのを観察した例は少ないのではないだろうか。私は、2024 年1 ~2月の夜間に神奈川県内で調査を行い、17種のゴミムシ類が地表に出て活動しているのを確認した。このような生態はあまり知られてないと思うので、簡単に紹

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双眼実体顕微鏡のフレア解消法

双眼実体顕微鏡のフレア解消法

はじめに最近購入した廉価品の双眼実体顕微鏡で白い背景で虫を観察すると、視野全体に白っぽいフレアが広がり、まったく使い物にならないことが判明した。廉価品とは言っても、メーカー希望小売価格10万円、実勢価格4万数千円である。実に落胆させられたが、ローテクの工夫でフレアをほぼ解消し、劇的にコントラストを上げることができた(トップ画像参照)。材料はタダ同然の簡単な工作でできるので、紹介する。

フレアの発

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小蛾類の展翅法

小蛾類の展翅法

はじめに 昨今の昆虫界において蛾類愛好家は意外と多いが、いわゆる小蛾類(ミクロレピ)とよばれる小型種の愛好家は依然として少数派である。小蛾類は、小型ながら、金属光沢や豊かな色彩を持つ美麗種が多い。

小蛾類では、生態も未解明の種が多いため、コレクションの対象としてのみならず研究対象としても魅力的な分類群と思われるが、標本作成と種同定の困難さが敷居を高くしている。小蛾類の展翅法に関しては、過去にいく

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ヨシトミダルマガムシ徒然

ヨシトミダルマガムシ徒然

はじめに ヨシトミダルマガムシHydraena yoshitomiiという水生甲虫がいる。ダルマガムシ科に属する、体長1.5 mmほどしかない微小種である。ダルマガムシ科の中でも、赤茶色の体色が特徴のシコクダルマガムシ種群に属する種で、この仲間は、通称、赤いダルマガムシ(赤ダルマ)と呼ばれる。

ダルマガムシ科の虫はいずれも微小で、見つけるには種ごとにコツを要するが、この赤ダルマの仲間は、特に採集

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菌食性甲虫つれづれ

菌食性甲虫つれづれ

菌食性甲虫というのがいる。菌食性とは、キノコを専門的に摂食するという意味だが、それらが食べるキノコは、人間が食べるような柔らかいキノコではなく、朽木や立ち枯れについているカワラタケのような硬いキノコであるのが普通である。山中を歩いていると、このような硬質キノコがたくさん付いている立ち枯れなどがよく見つかるが、それらを見て回ると、たくさんの小甲虫が群がっていることがある。

これらの菌食性甲虫は、ど

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簡単なヤマビル撃退法

簡単なヤマビル撃退法

虫を始めて間もない2017年初夏のこと。当時、地上徘徊性甲虫のゴミムシ類の採集にハマっていたのだが、身近な耕作地に生息する種は大方把握できたので、湿地性の種を見たくなり、居住している厚木市内にある休耕田の湿地(下写真)に、夜中に行ってみたことがあった。

ライトで地面を照らすと、予想通り、湿地性のゴミムシ類がたくさんいるではないか!憧れていたアオゴミムシやミイデラゴミムシも活発に動き回っていた。採

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ヒルガオハモグリガの謎―身近な小蛾類の不思議な生態―

ヒルガオハモグリガの謎―身近な小蛾類の不思議な生態―

ヒルガオハモグリガBedellia somnulentellaという蛾がいる。開張(翅を広げた大きさ)が1 cmほどの小さな蛾である(下写真)。

本種はその名の通り、幼虫がヒルガオ類の葉の内部に潜って、表皮を残して内部の組織を摂食する。いわゆる小蛾類と呼ばれる小型の蛾の幼虫は、このような潜葉性の生態を持つもの(リーフマイナー)が多い。幼虫の潜葉食痕(マイン)は、下写真のような感じ。ヒルガオ類は、

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自宅の庭に孤立発生したオオミノガ

自宅の庭に孤立発生したオオミノガ

オオミノガEumeta variegata (Snellen, 1879)という虫がいる。日本産のミノガ科(いわゆるミノムシ類)で最大の種である。幼虫は広食性で、あらゆる植物の葉を摂食する。終齢幼虫が被るミノは、トップ画像に示したような長さ数センチもある立派なもので、いわゆるミノムシのイメージに最も近い種だろう。オオミノガはほとんど人里にしか生息しないため、一昔前、冬に葉を落とした庭木に越冬中の幼

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原始的鱗翅類 コバネガ

原始的鱗翅類 コバネガ

鱗翅目(チョウ目)は、昆虫の中でチョウや蛾を含む巨大な分類群であるが、その中で、コバネガ科という原始的な仲間がいる。一般に、チョウや蛾の成虫は、花の蜜や樹液などを吸うためのストロー型の口器を持っているが、コバネガの成虫にはそれがない。また、コバネガの幼虫は、他の鱗翅目の幼虫が目もくれないジャゴケ類を食べることで知られている。成虫の発生時期は短く、時期は種によって異なるが、春先から初夏にかけて、1か

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夜、アブラムシの甘露に集まる蛾たち

夜、アブラムシの甘露に集まる蛾たち

トウネズミモチという外来の常緑樹がある。市街地でも生垣や庭木等に使われているが、鳥が種子を分散するようで、川の土手とかで侵略的に自生しているのもよく見る樹木である。初夏、この木の枝の先端の若葉が丸まるように変形し、白っぽい物質が付着して、何やらベタ付く水が葉から滴り落ちているのがよく見られる。

この美しさに欠ける光景は、アブラムシの一種であるトウネズミモチハマキワタムシのしわざである。本種は初夏

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サムライアリの思い出

サムライアリの思い出

あれは私が小学校低学年くらいの時のことだ。茨城の実家には父親が作ってくれた砂場があり、よく近所の小さい子も砂場目当てに遊びに来ていた。ある日、隣の家の年下の女の子と砂場で遊んでいると、突然アリの大群がやってきて、砂場の上を通過し始めた。アリの行列と呼べるものではなく、文字通りの大群で、幅1 mくらいに広がっていた。隣の空地の草むらから続いているようである。あっけにとられて見ていると、大群は砂場のす

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相模川のクビボソコガシラミズムシ

相模川のクビボソコガシラミズムシ

都市化の進んだ神奈川県では、多分に漏れず、止水性の水生昆虫は危機的な状況にあるが、流水性種に関してはまだ捨てたものではない。そんな中、県央を流れる相模川が誇れる水生昆虫は、クビボソコガシラミズムシ Haliplus japonicus ではないだろうか。水生昆虫としては、全国的にはやや珍しい部類に入ると思われるが、相模川の中流では普通に見られるのである。

私は2018年から水生昆虫の世界にハマっ

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