見出し画像

古本市のない生活⑨「平均化されていない本棚」

新刊書店にはなくて、古本屋にはある「魅力」とはなんだろう。
「何より安いところ」というのは、完璧な回答のように見えて、なんだか腑に落ちない。
「売っている本も異なるし、ときには新刊書店ではお目にかかれない値段に遭遇することもある」というのが、自分の考えだろうか。

今回は、小説家・川上弘美の「古本話」に触れて、「魅力」について考えてみたいと思う。
_____________________
○今回の一冊:川上弘美「古本屋街へ」(『ゆっくりさよならをとなえる』新潮文庫)

終点まで私鉄に乗って、それから地下鉄に乗りかえて、古本屋の町へ行った。今日は本を見てまわろう。
 本を「見てまわる」というのは、本を「買う」こととは、ちょっとちがう。本を買うのは、本を読むため。本を見てまわるのは、本の表紙の紙をさわってみたり、題名を眺めてたのしんだり、こんな本が世の中にあったのかと驚いたり、するため。
 新刊ばかり売っている本屋は、このところの本の刊行数の多さにおしひしがれていて、ともかくも破綻なく本を棚に並べることに心砕くのにせいいっぱいというふうにみえる。棚に並ぶ本は「可もなく不可もなく」という印象になってくる。数の多さはある種の平均化を招くという条理から考えると、しかたのないことだろう。だけど、本を「見てまわる」という目的には、新刊本屋はその平均化ゆえに適さなくなってきてしまった。
 だから、古本屋。すっと前から少し前までの、長い期間の中で出版された本が、平均化されることなく、偶然も必然も混じって、ちりぢりばらばらに置かれている。そのちりぢりばらばらを眺めるために、地下鉄に乗って、でかけていった。
 地下鉄を降りて地上に立つと、残暑が身をとりまく。しばらく待つと、秋の風が吹いてくる。空はもう高い。
 私が一番好きなのは、店頭にある台の上の「一冊百円」の類である。台には日が射して、本はちょっと色あせている。一冊一冊の背表紙を読んでゆくうちに、歓喜することも多い(なんでこんないい本がこれほど安く)。悲しい気分になることも多い(なんでこんないい本がこれほど安く)。悲しい気分になることも多い(なんでこんないい本がこれほど安く)。
 悲喜こもごもの心をかかえて、店内へ。天井まで届く棚の前に立つ。ある店の棚はたいそうきちんとしているが、ある店の棚はひっちゃかめっちゃか。どちらも嬉しい。整頓された棚にはもてなしを受けている気分で、乱雑な棚には宝探しの気分で、向かう。
 今日はできるだけ本を買わないこと。そう決心して家を出た。でも、むりだった。財布がさらに軽くなろうと、家にさらに本が溢れかえろうと、そんなことはどうでもよくなってくる。古本屋の、湿ってひんやりとした空気の中に立つと、手にとって眺めた本を、いったんは棚に戻しても、けっきょくは買わずにはいられなくなる。
 文庫本に図鑑。小説に評論。背中にしょったリュックサックの中で、紙袋にしまわれて、「ワタクシたちを買って下さいましたね」という気分をリュックの生地ごしに放射してくる、古い本たち。
 十何冊の本を背負い、コーヒーも飲まず、いそいで地下鉄に乗って、部屋に帰った。買ってきた本を積みあげ、背表紙をゆっくりと撫でた。疲れた足をもみ、はなうたを歌った。それから、ていねいに、緑茶を淹れた。秋の午後の日ざしが、明るい。
」(P96~98)

川上弘美は、本を「見てまわる」のと「買う」のとは違うのだ!、と冒頭で述べている。
この感覚はよく分かる。
一冊買えるか買えないかのお金しか持ち合わせていなかったとしても、ついつい古本屋を見かけると足をとめざるをえないのだ。
次に、「新刊書店の棚では「ある種の平均化」が起こっている!」という指摘についてはどうか。
これも言いたいことはよく分かる。
新刊書店の棚に並ぶ本は、卑近に出版されたものを除けば、そのほとんどが市場においてある程度の成果を出したものとなっている。つまり、内容が優れていることももちろん重要だが、それ以上に「コンスタントに売れている」ことが求められるのだ。
一方、古本屋の棚はというと、一般の市場原理とは異なる形で本が並べられていることが多い。店主が一つのテーマを持って選書している場合もあれば、無造作に並べられていることもある。簡単にいってしまえば、古本屋の棚は「混沌」としているのである。
この「混沌」性に、川上は惹かれていると捉えてもいいだろう。

川上は文章の中盤あたりで、古本屋の店頭で展開されている「一冊百円」コーナーを、古本屋で「一番好きなところ」と語っている。
私も「一冊百円」に代表される均一コーナーには強い魅力を感じるのだが、一方でそこには古本屋の店主の苦悩が滲んでいることも忘れてはならない。

店主の「こだわり」と「苦悩」が詰まった古本屋。そこから漂ってくる「哀愁」に、一つの「魅力」があるのかもしれない。


**********************※※サポートのお願い※※
 noteでは「クリエイターサポート機能」といって、100円・500円・自由金額の中から一つを選択して、投稿者を支援できるサービスがあります。「本ノ猪」をもし応援してくださる方がいれば、100円からでもご支援頂けると大変ありがたいです。
 ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集