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書生

 ショッピングモール内のソファに腰かけて、本を読むと、食の衝動買いをしがちになる。
 持ち運びがしやすい、気軽に読める、ということでエッセイ・随筆は採用されやすく、となると話題の一つに食が必ず入ってくる。
 「これ旨そう……」となったら、実物が見てみたい。特定の店の料理でなければ、ショッピングモール内で大抵見つけることができる。
 実物が発見されれば、次は実際に味わってみたくなる……こうして衝動買いに行き着く。

 最近では、ヒレカツを衝動買いした。その日の晩ご飯はカレーライスの予定で、その材料を買いに出ていたはずなのに、結果的にジャガイモ一つ買わなかった。
 きっかけになったのは、内山保の『百鬼園先生と私』。本書は、著者の内山が、自身の内田百閒宅での書生生活を綴った作品である。百閒ファン必見の一冊ということで、私も読むのを楽しみにしていた。

「先生はお酒が好きな上に、美食家ときているので、おかずも、いろいろの品が並ぶ。私が初めて先生と一緒に晩飯を食べたときには、全く驚いてしまった。食卓にのせられたカツレツが、二つの西洋皿に山盛りである。ざっと見ただけでも、少なくとも二十枚はあるのである。レストランで食べるような、形のそろった、大きなものばかりではないけれども、一度の食卓にこれだけのカツレツを食べるとは、いくら何でも、少し度はずれのような気がした。」
内山保『百鬼園先生と私』中公文庫、P64〜65)

 「食エッセイ」とでも銘打たれていれば、まだ身構えようがあったのだが、いきなり「晩飯」と題し、カツレツの話が始まれば、全身で受け止めるしかなくなる。
 内田百閒との一対一の晩御飯である。緊張で食事どころではなくなりそうだが、それを凌駕するほど、カツレツが魅力的であることが、著者の筆致から伝わってくる。
 ここでは、量の魔力も見逃せない。カツレツ二十枚、圧倒されるだろうし、遠慮なくいっぱい食べろ!、というメッセージも伝わってくる。私が書生の立場であれば、ガツガツ食らいつくだろう。

 こういう文章を読んでしまったら、その日をカツレツを食わずして終えることができるだろうか……いや、できない。
 さすがに二十枚は準備できなかったが、三人前購入して、その晩、一人で一気に平らげた。



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