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べらぼうに夢を追った蔦屋重三郎、そのゆかりの地を歩く ─吉原周辺─
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の舞台である吉原を訪ね、蔦屋重三郎ゆかりのスポットをめぐりました。
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江戸新吉原耕書堂
はじめに訪れたのは、蔦屋重三郎が開いた耕書堂を模した観光拠点施設「江戸新吉原耕書堂」。1月18日に開業したばかりのこの施設は、東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅から南東に向かって13分ほど歩いたところにあります。蔦屋重三郎の版元印を染め抜いた藍色の暖簾が目印です。
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入口の右手には、吉原の成り立ちや蔦重との関わりを記したパネルと「吉原今昔図」が展示されています。明治時代から関東大震災、東京大空襲、公娼廃止を経て、この街がどのように変遷してきたかを見て取ることができます。
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蔦屋重三郎が平賀源内に序文を依頼した吉原遊郭のガイド本『吉原細見』や、花魁が揚屋へ移動する際に履く太夫下駄などの実物も展示されています。
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店内では、浮世絵をあしらった様々なグッズやお土産の販売も。蔦重ゆかりの地を紹介したパンフレットやマップも配布しており、法被姿のスタッフが吉原の歴史や街の見どころをとても親切に教えてくれました。
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吉原の地を守る神社
江戸新吉原耕書堂から仲之町通りを西に向かって歩くと、この地の守り神である「吉原神社」が現れます。江戸時代には遊郭の入口と四隅にあった五社が明治14(1881)年に合祀され、いまの吉原神社がつくられたそうです。なかでも『べらぼう』の語りを務める九郎助稲荷(綾瀬はるかさん演)の歴史は古く、一説によれば和銅4(711)年まで遡ると言います。
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吉原神社には6つの神様が祀られているので、御利益も多岐にわたります。せっかくなので、いろいろなお願いごとを用意して参拝するとよいかもしれません。
さらに吉原神社から南に向かって1分ほど歩くと、関東大震災で亡くなった遊女たちを供養する地として知られる「吉原弁財天本宮」があります。境内には、慰霊のために建立された観音像やお地蔵さまが祀られており、いまも日々慰霊の祈りが捧げられているそうです。
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吉原弁財天本宮の近くで、素敵なお店に出会いました。昔懐かしい佇まいに惹かれて暖簾をくぐると、たこやき、やきそば、お好み焼き、あんみつがどれも300円台……! まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのようです。
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注文した焼きそばは、もちもちとした太めの麺に濃いめのソースがしっかりと絡み、細かく刻まれたキャベツがたっぷりと入っています。とても300円とは思えない味と量に、心まで満たされました。
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五十間道と見返り柳
さて、お腹も膨れたところで、つぎは蔦重の菩提寺へ向かうことにしました。吉原神社まで戻り、仲之町通りをまっすぐ東のほうへ歩くと、やがて大きなS字カーブが現れます。ここは五十間道と呼ばれ、江戸時代は両側に引き手茶屋や小料理屋などが立ち並んでいたところ。蔦重が最初に書店「耕書堂」を開いた場所でもあります。道がS字に曲がっているのは、外から遊郭の様子が見えないようにするための工夫だったと言います。
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S字カーブを抜けて大通りに出ると、「見返り柳」と書かれた一本の柳の木が現れました。遊郭から帰る客が、ここで後ろ髪をひかれて振り返ることが多かったことから「見返り柳」と名付けられたそうです。
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そこから南東に向かって10分ほど歩くと、蔦重の菩提寺に到着しました。
蔦重の菩提寺「誠向山 正法寺」
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寛政9(1797)年に47歳で亡くなった蔦重は、ここ誠向山 正法寺に埋葬されました。当時のお墓は戦災などで失われてしまいましたが、復刻された蔦屋家の墓碑と重三郎母子の顕彰碑が建てられており、誰でもお参りすることができます。参拝客用のお線香が用意されていたので、心ばかりのお賽銭を置いて線香を一本お供えしました。大河ドラマで蔦重を演じる横浜流星さんも出演が決まった際、この墓前で手を合わせたと言います。
蔦重は、写楽や歌麿など数多くの異才を発掘し独特なアプローチで世に送り出した稀代の出版プロデューサー。昨今の出版業界はきびしい時代の波に晒されていますが、偉大な先人の墓前で手を合わせていると、「まだまだやれることがあるはず」という想いが自然と湧いてきました。
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平賀源内が眠る場所
つづいて、正法寺から北に向かって歩くこと約20分、大通りから一本裏手に入った住宅街の中にひっそりと佇む平賀源内のお墓を訪ねました。鉄の門扉は閉じられていましたが、自分で閂を抜いて中に入ってよいとのこと。
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墓石は屋根で守られており、色とりどりのお花と飲み物が手向けられていました。本草学者にして地質学者、蘭学者、医者、戯作者……と様々な肩書きを持ち、江戸の発明王にして優秀なコピーライターでもあった平賀源内が後世に遺した数々の功績は、これから先もずっと語り継がれていくことでしょう。
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数多くの浮世絵に描かれた神社
さて、日も傾いてきたのでそろそろ帰路に着こうかとGoogleマップで最寄り駅を探していると、近くに気になる神社を見つけました。蔦重ゆかりの場所ではなさそうですが、素敵なお茶屋さんも併設されているようなのでちょっと寄ってみることにしました。
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ここは1300年を超えるご由緒をもつ石浜神社。建立されたのは聖武天皇が即位された神亀元(724)年とのこと。神社の公式サイトには、「江戸時代より数多くの浮世絵に描かれてきた」とあり、広重や國芳など名だたる絵師の作品が紹介されています。吉原の目と鼻の先にあるこちらの神社、蔦重もきっと訪れたに違いないと勝手に妄想を膨らませ、今回ご紹介させていただくこととしました。
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お参りした後は、境内にある「石濱茶寮 楽」で、みたらし団子と抹茶をオーダー。炭火でふっくらと焼き上げた柔らかいお団子と優しいタレの甘味が、歩き回った一日の疲れをすっかり癒してくれました。
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2月1日には、浅草寺近くの台東区民会館内に「べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館」がオープンします。これから一年を通して盛り上がっていく蔦重ゆかりの地を訪ね、彼がべらぼうに夢を追って生きた時代の息吹をぜひ皆さんもその肌で感じてみてください。
文・写真=飯尾佳央
⚫︎江戸新吉原耕書堂
台東区千束4-24-12
https://taito-tsutaju.jp/features/know-satellite
⚫︎吉原神社
台東区千束3-20-2
http://yoshiwarajinja.tokyo-jinjacho.or.jp/
⚫︎甘味処 三島屋
台東区千束3-4-9
⚫︎誠向山 正法寺
台東区東浅草1-1-15
https://temple.nichiren.or.jp/0041045-shoboji/
⚫︎平賀源内墓
台東区橋場2-22-2
https://t-navi.city.taito.lg.jp/spot/1058
⚫︎石浜神社/石濱茶寮 楽
荒川区南千住3-28-58
https://www.ishihamajinja.jp/
▼蔦重をもっと深く知るための一冊
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(城島明彦 著、ウェッジ)
天下泰平の江戸で、次々と大ヒット作を世に送り出した蔦屋重三郎。歌麿も北斎も広重も、なぜ“蔦重”のもとで才能を開花させたのか? 江戸の出版革命児・蔦屋重三郎の素顔に迫る!
<本書の目次>
子 江戸の仕掛人 まじめなる口上
丑 遊郭案内仕掛人 「吉原細見」と蔦重
寅 文芸仕掛人 源内の多芸多才に痺れた蔦重
卯 偉才発掘仕掛人 山東京伝は文画二刀流
辰 新ジャンル仕掛人 黄表紙で大躍進
巳 催事仕掛人 空前絶後の狂歌ブームを演出
午 権力と戦う仕掛人 筆禍事件の波紋
未 浮世絵仕掛人 歌麿の光と影
申 大首絵仕掛人 写楽の謎と真実
酉 重版仕掛人 奇想天外な発想と商才
戌 未来仕掛人 〝出版革命児〟の死に至る病
亥 令和の似非仕掛人 「跋」に名を借りた〝逃げ口上〟
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