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磯田道史さんの京都・骨董流儀|[特集]新春古都骨董探検 

市内各地に個性ある古美術店が軒を連ね、骨董市があちこちで開催される骨董の町・京都。「いつも、ふらっと来て、サッと帰らはります」店主たちが、そう口を揃える、日本を代表する歴史学者・磯田道史さんの骨董めぐりは、興味・関心のおもむくまま。余人とはひと味もふた味も違う磯田道史流、骨董との付き合い方とは──?(ひととき2025年1月号特集「新春古都骨董探検」より一部抜粋)

蓮月の「月」は鋭くハネる

 磯田道史さんといえば、臨場感あふれる歴史語りで知られる人気の史学博士。出身は慶應義塾大学ながら、京都での学生経験もあり、馴染なじみの骨董商もあちこちに。

 当時から博識のほどは有名で、磯田青年が史料探しに通りを歩いていると、それを見かけた店主が「磯田さんや、呼びこんで」と店員に言いつける。声をかけられ付いていくと、店の奥からおもむろにお茶、お菓子。そのうち「これ、読めますか?」と難読の掛軸や巻子が出てきて読まされることも度々だった。

磯田道史(いそだ・みちふみ)国際日本文化研究センター教授。1970年、岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。近世史を専門とし、天災や感染症などの歴史研究も行う。映画化もされた『武士の家計簿』(新潮新書)や『無私の日本人』(文春文庫)など多数のベストセラーを著す、日本を代表する歴史学者。近著に『磯田道史と日本史を語ろう』(文春新書)。NHKBSプレミアム「英雄たちの選択」の司会者も務める。

 そんな磯田さんとの骨董探訪、振り出しは寺町通にある「骨董 寺町倶楽部」から。店構えは一見インテリアショップ風で、旅人や骨董ビギナーにも立ち寄りやすい。

骨董 寺町倶楽部 地下鉄京都市役所前駅近く、寺町二条上ルにある。青いひさしが目印
「骨董 寺町倶楽部」で見つけた、瓢〈ふくべ〉蓋物

 しかし京町家を改装した建物だ。奥行き深い。入り口で色絵やガラス、漆などの食器類を眺め、奥へ進むと、掛軸あり、船簞笥ふなだんすあり、珍しい蘇州版画などの中国モノもあり。合間にはヴィンテージアクセサリーや茶道具もあり、何が出てくるかわからない。「宝探し気分」を楽しみたい方には格好の一軒だ。

 磯田さんは、といえば、入るなり掛軸のコーナーで、大田垣蓮月おおたがきれんげつ*と思しき一幅を物色の様子。

*江戸後期の歌人、陶芸家。手びねりの陶器に自作の歌を書きつけた蓮月焼が人気を博した

「うーん、蓮月の"月”の字のハネが、釣り針のように鋭く尖っているから、まずは本物で間違いないかな。書いてある歌は……」。そのまま読み下しつつ、みるみるうちに制作年代を推理。

「蓮月がまだ上賀茂へ移る前、聖護院あたりに住んで、蓮月焼を清水六兵衛きよみずろくべえ*のところで焼成してもらっていた時分のものじゃないかな。歌の中の阿弥陀ヶ峰は、豊国廟のあるところ。六兵衛の窯は五条あたりだから、うん、見当は合ってる!」と、一幅の軸から背景をあぶり出す、その速さといったら!

*清水焼陶工の名跡

 蓮月尼が自作の歌を釘彫りにして刻んだ蓮月焼を、大八車に載せて六兵衛窯へ運ぶ姿まで見えてくる。磯田節に、思わず聞き入ってしまう。

 どうやら磯田さんにとって、たおやかな書跡も表装の好みも、すべては歴史解読の「情報源」。愛でるより、答え合わせこそが骨董めぐりの醍醐味のようだ。

骨董 寺町倶楽部の奥、庭からの光が差す一角で伊万里の大皿に見入る磯田さん
磯田さんが目をつけた大皿は、蛸とみじん、2種の唐草を捻りに配したちょっと珍しい紋様。「ふつう、この大きさの皿だともう少し分厚いよね。でも、これ作った人は薄くしたかったんだな、ちょっと歪んでも(笑)」と仕上がりから作り手の心情に思い馳せる
店主の和田利春さんと談笑する磯田さん(右)

情を入れると目が曇る

 しかも驚くなかれ、手に入れた品は、おおかた寄贈するのが常とのこと。たとえば故郷・岡山にゆかりの浦上玉堂うらかみぎょくどうの品が出た、と聞けば駆けつけ、目に叶えば入手して岡山のしかるべき機関へ贈る。こちらは京都のどこそこへ、これは、これは……と品々が落ち着く先、価値が花開く場所を思案しては、橋渡す。これではまるで古美術の交通整理か仕分け作業ではないか。心寄せ、手もとで朝夕眺めたい気は湧かないのだろうか?

「僕、もともと物欲が乏しいんです。あるのは情報所有欲だけ(笑)。それに、ものに情をかけると目が曇る。途中でなにかが違うと気づいても、本物だと思いたくなるものなんです。だから情を入れないよう心がけているところはあるかもしれない」

 薩摩や古伊万里など、時代のある食器を求め、ご自宅で使うこともあるようだが、その選択基準も独特。「珍しくなく頑丈な器」と世の骨董好きとは一線を画す。

「だって使うと壊す可能性があるじゃない。一つしか無い貴重な器を僕が壊したら後世に伝わらなくなるから」

 天晴あっぱれ、剛毅な歴史家の骨董買いである。

錦手の汲出し10客揃は「これなら数があるし、安心」と磯田さん。お買上げ候補に

案内人=磯田道史 文=安藤寿和子 写真=雨宮秀也

────この旅の続きは、本誌でお読みになれます。磯田さんは祇園にある老舗の古美術商を訪れ、ある巻物を元に歴史上の人物に思いを馳せます。そのほかに、寺町の人気骨董店「大吉」店主による骨董指南コラム「京都と骨董をめぐる八つの話」や、東寺や岡崎公園など市内各地で開催される骨董市の、実践的買い物指南などの記事をお読みいただけます。骨董をめぐる京都の旅をお楽しみください。

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<目次>
[探検その一]磯田道史さんの骨董流儀
案内人=磯田道史 文=安藤寿和子
[COLUMN]骨董屋が語る 京都と骨董をめぐる八つの話
文=杉本 理
[探検その二]まずは買うべし! 京都骨董市の楽しみ方
文=安藤寿和子

骨董 寺町倶楽部
(所)京都市中京区寺町通二条上ル常盤木町48-2
☎075-211-6445
(時)11時~18時
(休)木曜、年末年始

出典=ひととき2025年1月号

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