磯田道史さんの京都・骨董流儀|[特集]新春古都骨董探検
蓮月の「月」は鋭くハネる
磯田道史さんといえば、臨場感あふれる歴史語りで知られる人気の史学博士。出身は慶應義塾大学ながら、京都での学生経験もあり、馴染みの骨董商もあちこちに。
当時から博識のほどは有名で、磯田青年が史料探しに通りを歩いていると、それを見かけた店主が「磯田さんや、呼びこんで」と店員に言いつける。声をかけられ付いていくと、店の奥からおもむろにお茶、お菓子。そのうち「これ、読めますか?」と難読の掛軸や巻子が出てきて読まされることも度々だった。
そんな磯田さんとの骨董探訪、振り出しは寺町通にある「骨董 寺町倶楽部」から。店構えは一見インテリアショップ風で、旅人や骨董ビギナーにも立ち寄りやすい。
しかし京町家を改装した建物だ。奥行き深い。入り口で色絵やガラス、漆などの食器類を眺め、奥へ進むと、掛軸あり、船簞笥あり、珍しい蘇州版画などの中国モノもあり。合間にはヴィンテージアクセサリーや茶道具もあり、何が出てくるかわからない。「宝探し気分」を楽しみたい方には格好の一軒だ。
磯田さんは、といえば、入るなり掛軸のコーナーで、大田垣蓮月*と思しき一幅を物色の様子。
「うーん、蓮月の"月”の字のハネが、釣り針のように鋭く尖っているから、まずは本物で間違いないかな。書いてある歌は……」。そのまま読み下しつつ、みるみるうちに制作年代を推理。
「蓮月がまだ上賀茂へ移る前、聖護院あたりに住んで、蓮月焼を清水六兵衛*のところで焼成してもらっていた時分のものじゃないかな。歌の中の阿弥陀ヶ峰は、豊国廟のあるところ。六兵衛の窯は五条あたりだから、うん、見当は合ってる!」と、一幅の軸から背景をあぶり出す、その速さといったら!
蓮月尼が自作の歌を釘彫りにして刻んだ蓮月焼を、大八車に載せて六兵衛窯へ運ぶ姿まで見えてくる。磯田節に、思わず聞き入ってしまう。
どうやら磯田さんにとって、たおやかな書跡も表装の好みも、すべては歴史解読の「情報源」。愛でるより、答え合わせこそが骨董めぐりの醍醐味のようだ。
情を入れると目が曇る
しかも驚くなかれ、手に入れた品は、おおかた寄贈するのが常とのこと。たとえば故郷・岡山にゆかりの浦上玉堂の品が出た、と聞けば駆けつけ、目に叶えば入手して岡山のしかるべき機関へ贈る。こちらは京都のどこそこへ、これは、これは……と品々が落ち着く先、価値が花開く場所を思案しては、橋渡す。これではまるで古美術の交通整理か仕分け作業ではないか。心寄せ、手もとで朝夕眺めたい気は湧かないのだろうか?
「僕、もともと物欲が乏しいんです。あるのは情報所有欲だけ(笑)。それに、ものに情をかけると目が曇る。途中でなにかが違うと気づいても、本物だと思いたくなるものなんです。だから情を入れないよう心がけているところはあるかもしれない」
薩摩や古伊万里など、時代のある食器を求め、ご自宅で使うこともあるようだが、その選択基準も独特。「珍しくなく頑丈な器」と世の骨董好きとは一線を画す。
「だって使うと壊す可能性があるじゃない。一つしか無い貴重な器を僕が壊したら後世に伝わらなくなるから」
天晴れ、剛毅な歴史家の骨董買いである。
案内人=磯田道史 文=安藤寿和子 写真=雨宮秀也
────この旅の続きは、本誌でお読みになれます。磯田さんは祇園にある老舗の古美術商を訪れ、ある巻物を元に歴史上の人物に思いを馳せます。そのほかに、寺町の人気骨董店「大吉」店主による骨董指南コラム「京都と骨董をめぐる八つの話」や、東寺や岡崎公園など市内各地で開催される骨董市の、実践的買い物指南などの記事をお読みいただけます。骨董をめぐる京都の旅をお楽しみください。
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出典=ひととき2025年1月号