湖のほとりで何もしないをする。|大河内愛加(起業家)
ミラノのカドルナ駅から電車にのり、目的の駅コモに降りると待っていたのは・・・
「あれ、誰もいない」
仕事のパートナーである生地屋のロベルトと待ち合わせをしていたが、いつもこのお迎えがスムーズにいかない。電話をかけるとやはり違う出口の方で待っていた。
「ごめんごめん。すぐそっちに向かうね!」
そして2分後に車で現れたロベルト。コロナ禍でなかなか訪れることができず、約2年半ぶりの再会だった。
私はアパレルブランドを運営している。元々13年間ミラノに住んでいた経緯もあり、イタリア製のシルク生地を現地で調達し、それを使ったアイテムを日本で展開している。しかし、コロナ禍ではリモート買い付けが思うようにうまくいかないことも多々あった。そんな中、渡航の制限もだいぶ緩和され今回やっと現地での生地の買い付けが叶ったのだった。
車の中ではそれぞれの近況報告に話が弾み、あっという間に事務所に到着。久しぶりの華やかなシルクの山に心が躍った。ここコモは高級シルクの名産地なのである。
ロベルトは家族経営でイタリアをはじめとするヨーロッパのブランドが使わなくなったシルク、いわゆるデッドストックといわれるものをたくさん扱っていて、私はまさにそのような価値があるにもかかわらず、日の目をみられなかった生地たちを拾い上げ、ブランドに活用している。その取り組みを始めたのは6年前なので、ロベルトとの付き合いももう6年になった。
「この生地の花柄は80歳の現役のおじいちゃんがフリーハンドで描いてる絵なんだよ」とロベルトが生地を広げながら説明してくれる。リモートでは事務的なやりとりで終わることも多く、こういった裏話も現地でないとなかなか出てこない。
何より、シルクの肌触り、透け感、色も実物を見ないとわからないことがたくさん。来ることができて本当によかったとシルクを物色しながらじわじわと幸せを味わっていた。
私はこの2年半の憂さ晴らしのようにシルクを買いまくり、一通り選び終わったところでランチへ行くことになった。ロベルトが車を走らせてくれてコモ湖へ向かった。
きらきらと光り輝く水面。豪華なヴィラ群。ほとりをランニングする人。テラスでカフェをする人。
ここはミラノよりもさらに時間がゆっくりと流れている。私たちもほとりでのんびりとランチをしてそのままカフェを楽しんだ。とくに有意義な会話をするわけでもなく、たわいもない話をしたりただぼーっとしているだけでそれが今の自分にとって大切な時間に思えた。
私はイタリアのこのスローなテンポが好きだ。「何もしない」に意味を持たせてくれる気がする。というより、きっと本当に意味はないが、それでもいいんだ、と思える空気に包まれているような感覚。
少し町を散策したのちにロベルトに駅まで送ってもらい、別れてホームへ向かった。
電車はもちろん時間通りには来ない。
日本にいたらアナウンスに耳を傾けたり、その後会う予定の人に直ちに連絡をするだろう。
でもここはイタリア。アナウンスはないし私は何も気にせずにただただいつか来る電車を待つ。
そして私の中のイタリアーナが言う「Ben tornata.」(おかえり)
文・写真=大河内愛加
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