ショートショート#16『路傍の戯言』①
「君には何て言えばいいのか……」
そう上司は言い淀んだ。俺は「ああ、来たか。」そう覚悟した。
「まあこんなご時世だしね……?こちらとしてももなかなか難しい状況でねぇ……」
奥歯に物の挟まった物言いが癪に障る。
俺は自宅近くの寂れた公園で、ブランコに腰を下ろして、上司の一方的な会話を思い出しながら空を仰いでいた。
俺は今日、職を失ったのだ。
言葉にするとぐっと現実感が増し、その重さが疎ましかった。
きっと、会社は妻帯者のある社員であったり、有能な人材である者を残したのだろう。と、くどくどと自分の心の落としどころを探った。俺はどちらも満たしてなかったのだろう。
だから、切られたのだ。
単身の、突出して仕事ができるわけでもないこの俺は。ここで、地団太を踏んだところで、事態は何も変わらないだろうことは分かっていた。
「なんか仕事探さなきゃだよな。」
そんな呟きは、このがらんどうな公園に寄る辺なく漂った。
がらんどうな公園。そう、この公園には不審者が住み着いているのだ。だから、子供はおろか人ひとり、寄り付かない公園だった。
不審者というのは、今俺の視界に映っているひしゃげた段ボールの枠組みに、幾重に重ねられたぼろ雑巾のような布。人ひとりが膝を折って、やっと入れるくらいのその中に暮らす男のことだ。不審者と言っても誰かに危害を加えるわけでもない。ただそこに住み着き、ひっそりと眠っているだけの男だった。
職を失って3日が過ぎた頃、相変わらず日中にやることが見いだせず俺はその公園で、背広を着て、ブランコを漕いでいた。傍から見たら十分俺も不審者だったに違いない。
「最近、よく見かけますねえ。」
俺の右側からそう声を聞いた。俺は、唐突なその声のする方に肩をいからせ振り向くと、目の前には腰の曲がった、みすぼらしい男が立っていた。
あの段ボールの住居人だ。この公園に住み着くホームレス。すなわち、周囲から不審者と疎まれている彼本人だと。
「はあ。まあ。」
曖昧な返事をした。別に、俺は彼を危険視していなかったし、住む場所がないのは仕方がない可哀そうな奴だと思っていた。
「スーツ着てんのに、行くところないんさね?」
責めるような言い方ではなくて純粋にそう尋ねた感じだった。
「まあ、仕事無くなっちゃったんでね。」
「こんなご時世ですからね。変な不況も来たもんさね。」
ホームレスは、そう答えた。
「あんたは、ずっとここにいるみたいだけど、仕事はしないの。」
ホームレスは、言った。
「なかなかね、ここまで行きつくと仕事をしたくてもありつけないもんなんですよ。とはいってもね、こうなることを望んで今の僕がいるのでさね、これでいいんですが。」
何を言っているのだろう、この男は
「望んでるんすか?なかなか変なひとですね。」
「よく言われるさね。」
へへっとホームレスは鼻を鳴らして
「まあリストラされて、可哀そうさね。」
そう言った。俺は咄嗟に目を剥いてホームレスを睨んだ。
〈お前には、言われたくない。俺から見れば確実にこいつのほうが「かわいそう」じゃないか〉
ホームレスは、今にもちぎれそうなべろべなベルトを締め直しながら
「わたしは、好んでこの生活をしているんさね。可哀そうではないさね。」
続けて
「でもそうさね。配給品を受け取るときなんかは、けっこう惨めな気持ちになるかなあ。この国の制度から逃げ出して、生活することはほぼ不可能なのだと思い知らされるからなあ。」
腕組みをし、うんうんと自分の言葉に頷きながらホームレスは言った。
「ちょっと言ってることが分かんないんですけど。」
「分かんないよねえ。わたしもよく分かっていない。」
なんなんだ、この人は。
②へ続く
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