昭和の伝説的名優が集結 ~ 1985年、12世團十郎襲名披露公演 「勧進帳」
1番の人気の演目
歌舞伎の中でもっとも有名な演目が、この「勧進帳」でしょう。
何度か実演も見ましたが、実は近所の図書館で借りた『音と映像による日本古典芸能大系 第10巻(日本ビクター)』というVHSにとても感銘を受けました。
この10巻には「勧進帳」が収録されていて、なんと昭和の12代目團十郎襲名披露公演から。主な演者は以下の通り。
映像から受けた衝撃
何に衝撃をうけたかといえば、二つあります。
一つ目は17世の勘三郎。(現在の勘九郎の祖父にあたる方)。
途絶えていた中村屋を継いで、1代で最大の名跡にまで復活させた力量もさることながら、舞台に出てきた瞬間、すべてを変えてしまうくらいの雰囲気を兼ね備えていました。
VHSからもそれが良くわかります。
冒頭、左側から舞台にでき来た瞬間の「中村屋!」という掛け声の雨あられ。そして、、
と、言い終わるころには、彼の芸の虜になっていて、演目に入り込み、これからの富樫の行く末をこの時点から案じてしまうくらいです。
17世勘三郎は、舞台から特別なオーラを発していて、観るものを虜にしてしまうような不思議な空気感があったようです。映像からもそれが伝わったわけです。
そして二つ目は義経役の7世梅幸。
義経は貴公子ですので舞台袖から、厳かに、すり足で登場。そして、金剛丈を両手に持ち、はるか後方を振り向いて仰ぎみます。
さながら、これまで歩んできた苦難の道のりを思い起こして、かつ、これからも待ち受けているであろう苦難の道のりを憂い、、これからの道中、最後まで残った家来衆を無事に生き延びさせられるだろうか、いや、頼朝の追っては厳しく、どこかで命を落とすことになるかもしれない。こんな状況でも自分をしたって来てくれる彼らに感謝のほかはない、、。。
思い出と、いとしさと切なさと心強さと、未来への憂慮を旨に、遥か中空を仰ぎ見るのです。
この所作が、無駄な動きが少しもなく、まるで川が自然に流れていくように、厳かに静かに、行われるわけです。
この段階で、梅幸の虜になっているわけです。
と気高い声でつぶやくわけです。
関所を守らんと意気込む富樫と、それをなんとか抜けようと思い悩む貴公子義経の対比がすばらしくて、映像なのに舞台を生で見ているかのような臨場感。
映像や実演の歌舞伎を見た中で、最高峰はこの17世勘三郎と、7世梅幸なのです。それは、この映像の影響がやはり大きいです。
そして後半にこの二人の名場面
まず富樫
弁慶が義経を打ち据えて、まさに叩き殺さんとする瞬間に富樫は「あいや、待たれい!」と弁慶をけん制。そして、すべてを許し、関所通過を許すわけです。途方もない師弟愛に心を動かされての結果です。そして、長旅をねぎらうため酒宴にて送ることにし、準備のためにいったん裏に回ります。
この時です。舞台袖に消える瞬間。すべてを振り切って、自分を納得させるかのように「キッ!」と目を閉じ虚空に顔を向けるのです。目を閉じていますが、自分自身をにらみつけているかのようです。
そう、彼らを通してしまって、その後、それが義経一行とわかれば、富樫は頼朝から罰せられるのでしょう。時代が時代ゆえに死罪かもしれない。それを承知で彼は関所を通す決断をした。
それはもちろん自分自身の判断です。が。やはり悔恨もあったでしょう。迷いもあったのではないでしょうか?この虚空への睨みつけは、そういう思いを断ち切るために行ったのではないでしょうか。
次いで義経
酒宴の用意で富樫一行が舞台を去っているとき。
弁慶は、師をたたき据えてしまったことを、大泣きしながら詫びます。もうこれ以上ないくらいの思いで、謝罪をします。それをみていた義経は、しずかに、厳かに、流麗に、その手を弁慶に向けて差し出すのです。すべてを許すという気持ちを表したわけです。それを見た弁慶、さらに号泣。他の家来衆ももらい泣き。
そして、義経も、そのあまりにも流麗な所作で、手を開き、自分の目をぬぐうのです。
この場面の一連の、梅幸の所作が、素晴らしすぎて、貴公子すぎて、もう二度とこういう役者は出ないのではないか?と思うくらいの印象を残します。
勧進帳
この後は、ラストに向かってドラマは動いていくわけですが、個人的にはここまでの場面、ここまでの場面での富樫、義経の心の動きとその所作による表現が勧進帳だとおもっています。
実際、何度か、勧進帳の実演を見ましたが、ここまでの感動はなかった。。
というわけで、映像というもので、自分が知らない時代の名優の演技を見ることができる幸運をかみしめておりました。
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