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短編小説•掌編小説

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短編小説と掌編小説をまとめています
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記事一覧

紅葉の季節 #シロクマ文芸部

紅葉の季節 #シロクマ文芸部

「紅葉から連絡が来なくなったの。離れて暮らすとこんなものね。あんなにかわいがって育ててやったのにさ。
そりゃね、成人して仕事も始めたわけだし、私なんかと一緒にいるよりかは同年代の人といた方が楽しいでしょうよ。
でも、母ひとり子ひとりで生活してきたわけじゃない?電話くらいくれてもバチは当たらないと思うの、私は。いまはLINEがあるからって使い方教えてもらったけど、紅葉からはスタンプしか来ないの。

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爽やかな顔を買いに #シロクマ文芸部

爽やかな顔を買いに #シロクマ文芸部

電車から外を眺めていると、ガラス戸に貼り紙がしてあるのがなぜかはっきりと見えた。

電車が止まるなり、乗客をかき分けて電車を降りた。改札を通り抜け、貼り紙の見えた場所を目指して走る。
早く行かないと売り切れてしまうかもしれない。

案外すぐに目的の場所にたどり着いた。
貼り紙はもう無くなっていたが、『顔屋』と書かれた看板が出ている。

爽やかな顔は売り切れてしまったか。

諦めきれず、ガラス戸を開

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私はそれでいい #秋ピリカ応募

私はそれでいい #秋ピリカ応募

昨日、偶然に娘を見つけた。
喫茶店でひとり、紅茶を飲みながら本を読んでいた。

声をかけたかったが、私にはその資格がない。
彼女が二歳の時に私は父親をやめてしまったから。

美しく成長した娘をただ眺めることしかできない。



私には父がいない。
寂しいと思ったことはない。
父の記憶が全くないから。

優しい母は事あるごとに私に謝った。

「お父さんいなくてごめんね」

「全然平気だよ。お母さん

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懐かしい初めまして #シロクマ文芸部

懐かしい初めまして #シロクマ文芸部

懐かしい雰囲気、匂いと声音。
なぜだろう。初めて会った人なのに。

六歳年下の小学四年生の弟が連れてきた男の子、裕太くん。

どこかで会ったような気がして仕方がない。
でも相手は小学生だし。
そんなわけないか、とも思うけど、でも……。
ついつい彼の顔をまじまじと見てしまう。

「なんだよ、姉ちゃん、裕太のこと好きなんか」

弟のマサルが能天気にしょうもないことを言ってくる。そんなんじゃないんだよ、

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レモンが泣いている #シロクマ文芸部

レモンが泣いている #シロクマ文芸部

レモンから誰かのすすり泣く声が聞こえた。

雅子は半信半疑でレモンを手に取り、利き耳に近づけてみた。

やっぱり泣いている。

どうして?一体誰が?
いや、レモンが泣いているのか。
私が、泣かせたの?
なんだか責められているような気がした。

怖い。
ひとりで抱えておくには怖すぎる。

ひとり娘の敬子を電話で呼び出すことにした。
2階の自分の部屋でもう寝ているかもしれないが、遠慮している場合ではな

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もう流れ星に願い事はしない #シロクマ文芸部

もう流れ星に願い事はしない #シロクマ文芸部

「流れ星に願い事したことある?」

付き合っていると言っていいか、まだ微妙な彼女からの質問。どういう受け答えをするのが正解か。ここで嫌われたくはない。

「あ、あるよ」

「叶ったことは?」

「え?それはないけど。というか、叶った人いるのかな(笑)」

「なんで笑うの?何か可笑しい?私は叶ったことあるよ」

やばい。

「ご、ごめん。いままで出会ったことなかったから。流れ星に願い事して叶った人に

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優しくて冷たい手 #シロクマ文芸部

優しくて冷たい手 #シロクマ文芸部

花火と手の冷たさが忘れられない、高校一年の夏休み。

健ちゃんは私が初めて付き合った男子で、部活はバレー部に入っていて、背はちっこいけどレシーブが上手だったからポジションはリベロだった。
私はマネージャーをしてたんだけど、エースアタッカーよりどんな球も拾っちゃう健ちゃんに惹かれた。

普段は愛想が悪いんだけど私のことを優しく気遣ってくれて、理由を聞いたら「山本さんのことが好きだから」って普通のトー

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風鈴と玉子焼き #シロクマ文芸部

風鈴と玉子焼き #シロクマ文芸部

風鈴と兄が連れてきた女性の素っ頓狂な声が重なった。

「玉子焼きにマヨネーズ入れないんですか?」

「うん、ウチじゃ入れないねぇ」
母が馬鹿正直に返事する。

「えー健くん、マヨネーズ入れないと怒るじゃんね?」
困ったように兄を見る女性。

「べ、別に怒らないけどな、俺」
なぜか弁明する兄。

「怒るよー、機嫌悪くなるじゃん」
納得いかない様子の女性。

もう見ていられない。
私は女性の玉子焼きの

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夏の雲を外で眺めてはいけない #シロクマ文芸部

夏の雲を外で眺めてはいけない #シロクマ文芸部

夏の雲をたまたま眺めていたらリクルートスーツ姿の女に話しかけられた。

「あなたもですか?」

何がだろう?
俺はアロハシャツと短パンにビーチサンダルといった格好をしていた。就職活動しているとしたら「希望職種は何ですか」と自問自答したくなる。疑問をそのまま返すことにした。

「何がですか?就職活動はしていませんけど」

女は少し微笑んで言った。

「いや、雲をずっと眺めていたみたいだったので」

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手紙には書いていません #シロクマ文芸部

手紙には書いていません #シロクマ文芸部

手紙には、こう書いてあった。

何だ、これは。
いや、何回も読み返して今は確信している。
これはパスタの作り方に違いない。

では、なぜ薫さんは僕にこの手紙を?
薫さんは僕の高校のサッカー部のマネージャーをしている、ひとつ上の先輩だ。

薫さんは何でもよく気が付いて、明るい笑顔で部員みんなを励ましてくれる。
当然、全男子部員の憧れの人だ。

そんな薫さんが僕に手紙を手渡しでくれた。
「誰もいないと

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ラムネの音と正義感 #シロクマ文芸部

ラムネの音と正義感 #シロクマ文芸部

ラムネの音が合図だった。

「みっちゃん、行こう!」

僕はみっちゃんの手を引いて走り出した。
みっちゃんのお父さんの振りをした男はラムネの瓶を持ったまま怒鳴っている。

「ちょ、アレ?なんだ、おい、こら、待て!」

待たない。
あんな奴の言うことなど聞けない。
僕は昨日みっちゃんから聞いたんだ。
アイツがみっちゃんにしていること。
人として絶対に許せなかった。

だから今日のお祭りで、みっちゃん

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誰かの夢を見た話 #シロクマ文芸部

誰かの夢を見た話 #シロクマ文芸部

春の夢と間違えて誰の夢を見ているのだろうか。

朝からカツ丼を食べさせられた。
カツ丼は好きだけど朝からは胸焼けする。
勘弁して欲しい。

スマホを観ながらゴロゴロする。
たまに動画で大笑い。
そんなに面白い?
でも今は大笑い。

動きやすい服装に着替える。
ああ、サッカーをしに行くのか。マジか。
もう少し寝ていたいのだけど。
行くのね?はい。

友達がいると思ってサッカーをしに行ったのに誰もいな

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花吹雪にとらわれた男 #シロクマ文芸部

花吹雪にとらわれた男 #シロクマ文芸部

花吹雪の映像をずっと観ている。
桜が舞い散る様子は観ていて飽きることがない。
観るようになったきっかけを誰かに話すつもりはないし、その必要もないだろう。生きている限り、この映像を観続ける。ただそれだけだ。



「いい加減、吐いたらどうなんだ!」

取調室に若い刑事の怒号が響く。

「おお、怖い。でもカッコいいね。そういうセリフ、俺も言ってみたいよ。ところで今日の昼メシは何?昨日のカツ丼うまかっ

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風車探偵 #シロクマ文芸部

風車探偵 #シロクマ文芸部

風車を手に持ち、息を吹きかけてクルクルと回しながら、その探偵は現れた。

「皆さん、お待たせしました。犯人が分かりましたよ」

陸の孤島の古い屋敷に集められた男女五人。
彼らはみな、屋敷の当主から招待状をもらったと言ってやってきたが、奇妙なことに屋敷の当主は招待状など送っていないと言う。
五人の中には「当主が嘘をついているのではないか」と疑っている者もいたが、「せっかく来られたのだから今日はお泊ま

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