手紙には書いていません #シロクマ文芸部
手紙には、こう書いてあった。
何だ、これは。
いや、何回も読み返して今は確信している。
これはパスタの作り方に違いない。
では、なぜ薫さんは僕にこの手紙を?
薫さんは僕の高校のサッカー部のマネージャーをしている、ひとつ上の先輩だ。
薫さんは何でもよく気が付いて、明るい笑顔で部員みんなを励ましてくれる。
当然、全男子部員の憧れの人だ。
そんな薫さんが僕に手紙を手渡しでくれた。
「誰もいないところでひとりで読んでね」と。
控えめに言って、僕はモテるタイプではない。
レギュラーだけど、ギリギリだし。
でも、そんな僕でも期待してしまった。期待していいでしょう、このシチュエーションは。
家に帰ってドキドキしながら読んだ。
なのに、何なんだ、このパスタの作り方っぽい手紙は。「明日、また時間ちょうだいね」と言われたけど、一体何を言えばいいのだろう。
あー、もう今晩は眠れそうにない……。
◇
「拓海くん、手紙、読んでくれた?」
部活終わりの部室の裏。薫さんがキラキラした笑顔で聞いてくる。
「もちろん!読みました」
「で、どうかな?」
「どうって、あの、め、麺の固さも気にした方がいいかも」
「は?」
「だ、だからですね、パスタはアルデンテの方が僕は好きです。センスとか、僕はないですけど、塩味が好きです」
「パスタを作ってあげたらってこと?」
「パスタの作り方を知りたいんじゃないですか?」
「誰が?」
「薫さんが」
「拓海くん、さっきから何を言ってるの……あ!え?ちょっと昨日渡した手紙見せて!」
僕はカバンに大事にしまっていた手紙を薫さんに渡した。手紙を読んだ薫さんは顔を真っ赤にして言った。
「ヤダ、コレ、お母さんにもらった料理メモじゃない。最初に言ってくれたらいいのに」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「そうよ、そりゃそうでしょ!渡したかったのはね、ちょっと待ってね……あ、あった、こっちなの、こっち」
その手紙には、こう書いてあった。
あーヤバイ。意識喪失しそう。
いや、それはカッコ悪過ぎる。
耐えろ!僕よ、平然とあれ!
「あっ、あー、そうなんですね!えーっと、そうですか、そうですね、何だろ、Amazonのギフトカードとかいいんじゃないですか?まだそこまで親しくはないんですよね?ですよね、じゃその方が。ええ、はい。
あ、しまった、もうこんな時間だ、僕もう帰らないと。今日は大好きなお笑いの大会があるんですよ、テレビで。僕、録画するの忘れちゃって。ごめんなさい。はい、うん、そうなんです。それじゃまた明日。お疲れ様です」
僕は一方的に話を終わらせると、家に向かって走り出した。今日もまた眠れそうにない。
◇
ああ、どうしよう。拓海くんがニブ過ぎる。
こんなこと好きでもない人に頼まないって分からないのかなぁ。
来月の誕生日にAmazonのギフトカード渡したら気づいてくれるかしら……。
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※シロクマ文芸部に参加させていただきました