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コラム

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アラカキヒロコによるいつもよりやや真面目な文字列。なにげなく思ったことから、書籍やイベントに対する感想まで。
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誰の命も、人生も、犠牲にしないファッション

誰の命も、人生も、犠牲にしないファッション

大好きな友人のはらながまきこさんに紹介してもらった福島里枝ちゃん。パナマ帽の編み方を学ぶため、7万円を手にツテもないまま単身エクアドルに渡っちゃうツワモノです。
帰国した里枝ちゃんが先日わたしのFM那覇の番組「ナライブサンプラス」にゲスト出演して告知してくれたパナマ帽の展示会に行ってきました。

そこに並ぶパナマ帽はどれも素敵で、手にとってまじまじと眺めてさらに感嘆してしまうような逸品ばかり。エク

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ラブソングを書く気

昨日のライブで「ラブソングはあまりなくて自分に向けて歌ったうたが多いですよね」と久しぶりに指摘してくださった方がいらして、『あ〜、昔そこすっごいよく言わたなあ…』と懐かしく思い返しました。
なくはないけど、確かに私、ラブソングっぽいラブソングがほとんどありません。
で、昔は、そう言われたら『やばい、やっぱラブソングも書かないと…』と思って書いたりしたんですが、作ったデモも大半は歌ってて楽しくないと

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内なる自分の声

忘れかけていた、昔の自分の、長い間苛まれていた想いを久しぶりに思い出すことがあった。

『何をしていても傷ついてしまうのはなぜだろう、ただ生きているだけなのに毎瞬毎瞬が苦しい…』
『まるでバグのような離人感。私は本当は生まれる予定ではなかったのでは?』
『消えてなくなりたい。自分で死を選択することさえだれかの迷惑になるのなら、最初から存在しなければよかった』
最後のは、思ってからいつも、少し楽にな

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果物と木片の町の夢のメモ

東京でも沖縄でもない、なんだかよく見知った日本のどこかの小さな町をうろうろ歩いていた。自分の家からもほど近い場所だと思う。

民家も多いその地域には、低いフェンスで囲われた屋外スケートリンクのある小さなアミューズメントパークがあって、フェンス越しに小学校高学年くらいの子供たちがわいわい滑っているのや、彼らを見守るお母さんを横目に見ながらフェンスに沿って歩いた。

施設の裏手には鄙びた瓦屋根

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痛い、の話と、ピアノの話、の雑文

つれづれなるままに。

3日くらい前に、夜中にお風呂場ですべって転んで、膝の皿を強打しました。打撲いたい。タイル、硬くていたい。お風呂場って、全裸で転ぶのに特に適してないと思った。ふいに小学校の体育マットのことを思い出します。あれは転んでも痛くなかったけど、独特の臭みがあった。今はもう、マットで転ぶだけでも背中とか痛めそう。。
転ぶのに適した場所ってあるのだろうか。トトロのおなかの上とかネコバスの

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野中広務元官房長官の訃報によせて

野中広務元官房長官の訃報。
心よりご冥福をお祈りいたします。

SNSで目にした沖縄タイムスの野中さんのインタビュー記事に触れ、久しぶりに沖縄も絡めて書こうと思います。

言葉や態度には、その人の心が滲み出ます。

野中さんも、時の総理小渕恵三さんもその困難さを痛いほど知りながら沖縄(沖縄島に限定された視点で書いてしまいますが)の状況をよくするため尽力されたのだと思っています。

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身体観についての雑考 2018.1.11.

「この体は借りものだと思っているので・・・」
というフレーズを最近二度ほど口にした。

今の私にとって、この言葉の後ろには『幸運にもこの体をさずかって使う機会を与えられている』というニュアンスが含まれているのだけど、思い返せば20代の半ばまではまさにその借りもののような感覚-自分の体が自分のものでないようで現実感・生きている実感がないという悩みをもっていた。
それはいろんな条件と絡み合うことでやが

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犬のこと



先日、新しい家族がふえた。

動物愛護管理センターの譲渡会で出会った殺処分を免れた雑種の保護犬で年齢は1歳ぐらいの女子、関取と同じ「宇良」という仮名からうちに来て「リン」になった。
譲渡会には別の子を目当てに行ったのだけど、トレーナーさんが「宇良ちゃんオススメですよ〜」と抱き上げて紹介してくださったとき、ああなんだかこの子いいなあと思って譲渡希望の用紙の一番目に書いたのだった。
その日は生まれ

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重力に負けているこころ



夜明け前は星がよく見える。オリオン座の上にぎょしゃ座。

昨日はソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げてちょうど60年だったらしい。そしてまばゆい満月だった。とにかく白い、ほのかに紅い、輪郭が青く輝く円。

なんて喪失感に満ちた夜だろうと思って見ていた。
なにを失ったわけでもないけど。いや、なにか失ってしまったのかな。わからないけど、ただ、まとわりつく悲しみの感覚を久しぶりに思い出し

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良心の選択

正義という言葉はあまり好きではなかった。
私の中の『正義』に対するいわれのない悪印象は主にジョージ・W・ブッシュ時代の対テロ戦争が『無限の正義』とかいって始まった(Operation Infinite Justice)あたりに端を発している気がする。相手に如何なる理由があろうとも、自らに原因の一端があろうとも、これが自分の正義なのだと主張すれば何をしてもいいというようなエゴイスティックで狂気じみた

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