保管場所:机H
新田先生の書斎の机上に置かれていた中の一冊。2013年というと晩年の論文をまだ精力的に書かれていた頃である。
安冨歩の訳/著作は『新しい一般均衡理論 資本と信用の経済学』(森嶋通夫著・安冨歩訳)1994年8月 第1刷 棚D-7、『貨幣の複雑性 生成と崩壊の理論』2000年11月 第1刷 棚D-7、『複雑さを生きる やわらかな制御』2006年2月 第1刷 、『黄土高原・緑を紡ぎだす人々 ー「緑聖」朱序弼をめぐる動きと語りː』(深尾葉子・安冨歩編)2010年8月 非売品 押入れP、そして本書とほぼ全て第1刷が所蔵されており経済理論から倫理領域へと変遷してゆく思索に美学者として注目されていたのではないだろうか。
真理を渇望する人々の系譜に、おそらく新田先生もご自身を投影されていたのではないか。先生もかつて親に強要された医学部への道を拒み、内緒で文学部に進んだのだと聞いた。幼い頃からの抑圧を脱しコナトゥスに従って研究を進める道を選んだのだ。先生が「合理的な神秘主義」「魂の脱植民地化」に共感したのは、おそらく先生もまた、そのように生きようとされていたからだろうと想像する。
管理人S 2023年11月5日
※ 引用文中、太字で強調している箇所が新田先生のマーク箇所である。太字の後ろの(黄)(紫)は蛍光ペンの色を表す。
《本書の構想》
第一部 合理的な神秘主義の系譜
10 スピノザ
※ エネルギーと物質、力とかたち、時間と空間、変化と変化するもの、これらは精神と身体同様、同じ現象の2つの見方で切り離せない。
11 マルクス
13 清沢満之
15 ヴィトゲンシュタイン
※ この時「価値」は未知の世界に踏み出すことで得られるものと同義になると思われるが、思うに未知には二通りあるのではないか。世界に既に存在しているが未だ知られていないということと、想像することはできるが世界に未だ存在しないということだ。前者の未知に対するアプローチで得られるのが科学的発見で、後者のアプローチで得られるのが芸術作品であるといえないか。しかし、それでは科学者と芸術家だけが「価値」を生成できるのだろうか?否、私たちの日常の中にも「価値」の生成はあるだろう。それは、生活の中で得られる「観察による帰納的パターン認識」と「経験の組み合わせによる演繹的想起」に他ならない。この小さな「気付き」と「ひらめき」によって、世界に対する受容とフィードバックを積み重ね、それに導かれて喜びを得ることが、神秘によって支えられた「生きる」ということだと言えないか。(管理人S)
※ 暴力=理不尽を強いる力。物理的な打撃だけではなく、道理が通らない理不尽な全ての力、権力、権威、富の偏在、差別、偏見、人を生き辛くする社会的枠組み、なども含む。(管理人S)
16 ポラニー
※ この身体性を「頭で考える以前の」ということだと解せば、それは例えば熱いものを触って手を引っ込める反射のようなものと考えることができるだろう。言語を介さない反射的認識とか反射的想起というものがあるかもしれない。それが、気付きの瞬間やひらめきの瞬間に起こっていることではないか。(管理人S)
18 フロム
※ 我々は「欲しいと思うものは何でも買うことができる」それが豊かさであると社会に思わされている。その価値観に知らぬうちに服従して満足しているのである。消費人とはそういう我々のことだ。「気付き」や「ひらめき」といった価値と「何でも買える豊かさ」といったイデオロギーの差を考えてみるといいかもしれない。「未知のもの」を「気付き」や「ひらめき」によって見出す代わりに「満たされないもの」を「お金」で買うということに置き換えられることで、神秘に支えられた「価値」が生成されず「お金の交換」にすり替えられているのではないだろうか。
(管理人S)
19 ベイトソン
21 ローレンツ
24 上田睆亮
第二部 合理的な神秘主義とは何か
■《合理主義的な神秘主義》
■《階層の問題》