見出し画像

老いるって素敵なこと―『世界でたったひとりの子』

絶版になってしまったけど、何度も読みたい、そして多くの人にぜひ読んでほしいと思う作品がある。

アレックス・シアラー著/金原瑞人訳『世界でたったひとりの子』(竹書房)だ。

画像1

現在は絶版になっており、中古で購入するか図書館で借りるかしかできない。私は2017年に図書館で借りて初めて読み、お気に入りの1冊になった。その後どうしても手元に欲しいと思い、中古で購入した。私が2017 年に読んだ本のおすすめランキング1位としている作品である。

今回はこの作品について語りたいと思う。

少子化が進み、医療技術が発達した世界

未来が舞台になっている。医療技術が進歩し、人々は老化防止薬によっていつまでも若さを保ったまま生きられるようになり、PP(ピーターパン=永遠の子供という意味)インプラント手術をすることで永遠に子供のまま過ごせるようになった世界。

子供が生まれなくなり、少子化はどんどん進んでいる。子供は希少価値で人さらいの対象となり、子供が欲しい大人たちの間で、商品のようにレンタルされたり売買されたりしている。

主人公の男の子・タリンは、幼い頃から実の父親を知らないまま、ディートという男の元で子供として雇われて生きてきた。自分の利益のためにタリンを使って商売し、PP手術を薦めてくるディート。タリンは老化防止薬やPPによって見た目が若いまま、子供のまま生きている大人たちや、子供を売買して生きているような社会に対して疑問を持っている。

そんなタリンが何を思い、何を決断し、この社会でどう生きていくのか。タリンの生き様が描かれていく。

テーマは生と死、老い、若さ

本書は、生と死、老い、若さについて、どう考えるかということがテーマになっている。

人は誰でも、できることならずっと若くいたいと思ってしまう生き物だ。私もだんだん歳を重ねるにつれて、まだまだ子供のままでいたいとか、若いままでいたいと思うようになった。

しかし、若いままでいることは本当に良いことなのだろうか。生にしがみついて、老化防止薬を飲んだりPP手術を受けたりして、中身は大人なのに見た目は子供でいるような大人たちは、私にも不気味に映った。自然じゃない。本物じゃない。

このまま世界が発展していけば、本当にこういう時代が訪れるのかもしれないと思うと、怖くなった。

タリンの悲痛な叫びにグッとくる

ディートは言う。

「おまえはこれからずっと子どもでいられるんだ。そしておれたちもパートナーでいられる。おまえは子どものふりをすれば、死ぬまで大金をかせぐことができる。ああ、わかってる、たしかにPPインプラントは金がかかる。けど、未来ずっとそれでかせいでいけるんだ。百五十年、いや二百年……」
「でかくなったら、おまえにはなんの価値もなくなるんだ。だが、PPになれば、おまえはずっと価値ある存在でいられる。いつでも求められる存在で……」

それに対して、タリンは訴える。

「ぼくはおとなになりたいよ」
「ぼくは永遠に子どもでなんていたくないんだ、ディート……ぼくはおとなになりたい」
「ディート……ぼくは残りの人生、子どもでなんていたくない……永遠に男の子でなんていたくない。いつでも木に登って、レモネードを飲んで、本に書かれている男の子の役を演じたりしたくない。いつもそんなふうにふるまわなきゃいけないなんていやだ。毎日毎日、ずっと、永遠にだなんて。永遠に町から町へ移動しつづけるなんて。いつまでも外見は男の子だなんて。中身はどんどん年を取っていくのに」

タリンの気持ちになると、やるせなくて辛くて悲しくて。その溢れる悲痛な叫びが胸にグッと刺さって涙が出た。どんな言葉で必死に訴えても、ディートには響かない。お金のこと、自分のことしか考えていないのだ。

老いるって素敵なこと
感動のラストが待っている

ありのままに生きていたら、恋愛をして結婚して子供を産んで育てて、孫も生まれたりして、そういった様々な経験を味わうことができる。結婚しないとしても、人生には様々な可能性が広がる。でもPP手術を受けてしまえば、一生子供のままいろんな大人たちにレンタルされながら、自分ではない誰かを演じて一生生きていかなければならない。

それってすごく悲しい人生なのではないか。
老いるということはそれだけの経験を積んでいくということ。一生子供のままではできることも限られ、単調な日々を送っていくことしかできない。

大人にレンタルされて彼らの要望通りに自分を演じ、ディートと暮らしていくなかで、思いのままに生きることができない不自由さを感じた。本当の自分とは何なのか、見失いそうになった。

そんななかでタリンのくだした勇気ある決断に胸を打たれ、ラストのタリンの運命に感動した。

誰もが若くありたいと願う世の中だが、ありのまま年をとっていくことは悪いことではない、むしろ素敵なことなのだと気づかせてくれる作品だ。


ちなみに、作者のアレックス・シアラー氏は私の大好きな作家で、YA(ヤングアダルト)と呼ばれるティーンズ向けの作品を多く書いている。児童書と大人向け本の中間のような作品が多く、本書もそのひとつ。ティーンズ向けと言えども、社会性などを反映し、深くて考えさせられるような作品でどれも引き込まれるのでおすすめしたい。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集