ESAT-Jでのテスティング上の致命的誤りとその改善案 Part-2
東京都では、2022年11月27日(日)に中学校英語スピーキングテストが実施されました。このテストは、2023年度都立高校入学者選抜の合否判定に活用される予定です*1。しかし、公開された問題には、言語テストとしては致命的な誤りが多数見つかりました。誤りを指摘し、私なりの改善案も提案します。こちらは後半の内容です。前半(Part-1)とともに、ご一読頂けたら幸いです。
"不正解が正解"で"正解が不正解"にもなる設問
アメリカ英語とイギリス英語では階を表す表現が違っています。アメリカ英語では、1階(first floor)、2階(second floor)…と表現します。他方、イギリス英語では、1階(ground floor)、2階(first floor)…と表現します。私達はアメリカ英語に馴染みがあることでしょう。しかし、世界では様々な英語が使われています。また、イギリス英語の指導者に英語を学んでいる中学生もいるでしょう。World Englishes(世界の英語)を考慮すると、2階をfirst floorと表現しても良いはずです。
First floorでもSecond floorでも正解?
この設問の作りは『測りたい力を測れているか』という点において、欠陥問題です。なぜなら、正答が2階だと理解してイギリス英語でfirst floorと答えた反応と、正答を1階だと間違えてアメリカ英語でfirst floorと答えた反応の区別ができないからです。このような初歩的なことを、作問の時点で気づかなかったのでしょうか?
階を表現する問題の改善案
そもそも階を答えさせるのは題材としてふさわしくありません。しかし、どうしても2階をsecond floorと表現できるかどうかを測りたいのならば、設問を工夫してはいかがでしょうか。例えば、2階(second floor)を伝える相手がアメリカ英語話者であることを意識させるような問題の作りにしましょう。
留学生が設問の冒頭で、Oh, there is a gym on the third floor. など階を表現している発話を導入します(3階にジムがあります)。伝える相手がアメリカ英語話者であることが分かれば、アメリカ英語のsecond floorを使う必要性が出てきます。
高い論理性を求める設問
ESAT-Jでは、意見とその理由を述べる問題が最後に出題されています。ここで問題なのは、学校の昼食というトピックと、意見とその理由を詳しく述べる、という要求された課題の難易度です。
英語に限らずどの言語でも、自分のことなど身近な話題について答えることはさほど難しくはありません。理由を求められたとしても『楽しいから』『好きだから』『友達と一緒にできるから』などの論理的思考があまり必要でない課題なら、答えやすいです(中学卒業;英検3級;CEFR A1レベル)。
しかし、身近な話題についてでも、一般化した意見と論理に基づいた明確な理由を答える必要が生じると、難易度がぐっと上がります(高校卒業;英検準2級〜2級;CEFR A2-B1レベル)。さらに、話題が身近ではなく社会的なトピックになると非常に難易度が高くなります(大学卒社会人;英検準1級〜1級;CEFR B2-C1レベル)。
実は高校レベル以上の問題では?
毎日同じメニューの給食とメニューが選べるカフェテリアを比較する問題です。どちらが生徒にとって好ましいかを理由とともに答えます。この問題で要求している論理的思考力がどの程度かによって、CEFRのレベルが分かれます。
トピックは身近です。しかし、日本語の問題文を読む限り、要求している理由として『楽しい』『好き』『友達と一緒』といった内容では答えにならない事がわかります。生徒にとって昼食形態の利点を、論理性に基づいた明確な理由で答えないといけません。少なくともCEFR A2-B1程度の要求をする設問であると判断できます。英検で類似問題を探すと、準2〜レベルでの出題が見つかります。この設問は、中学校学習指導要領でCEFR A1が目標とされる*3中学生にとっては、難しすぎたのではないでしょうか。
参考までに、できるだけ簡単な英語で作成した私なりの回答を載せておきます。論理的思考を反映させた回答にするには、語彙の難易度以上のものが求められることが分かるはずです。
学校での昼食形態の良し悪しを問う問題の改善案
前半の記事で指摘したように、状況を不自然なビデオレターではなく、オンラインのビデオ通話やチャット場面に変えましょう。そして、一つの案としては、導入で参考となる表現を散りばめて回答の負担を減らすことが考えられます(太字が筆者加筆修正)。しかし、これでは殆ど違いはなさそうです。
そこで、思い切って設問自体を変えてみるのはいかがでしょうか。より英検3級に近い能力を要求する課題に近づけてみました。『一般論として生徒にとって良いか悪いか』ではなく、『自分が同じ給食が良いか、異なるメニューを選びたいか』とより個人的な意見を尋ねます。この設問に変えることで、中学生でも個人的体験を理由に活用でき、理由とともに答えやすいはずです。
まとめ
ESAT-Jには言語テストとして不適切な出題が多数見つかりました。紹介した以外にも、これは不適切ではという疑いが実は他にもあります。英語教育に携わる方やテスティングを学んでいる方は決してしないであろう初歩的な誤りを今回は取り上げて紹介しました。どうしてこうなってしまったのでしょうか…。受験した中学生が不憫でなりません。
引用文献
*1 中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)ポータルサイト
https://www.tokyo-portal-edu.metro.tokyo.lg.jp/speaking-test.html
*2 中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J) 令和4年度 問題
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/content/files/esat-j/r4_script.pdf
*3 外国語教育の抜本的強化のイメージ 学習指導要領の改訂等について 文科省(p.5)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/134/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/09/13/1395611_3.pdf