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~2000字前後の短編・掌編です。
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#短編小説

ルビーとレッドスカイの涙腺

 きみがぼくの指先にふれて、「すき」と書いたその日を誰かが境界線にして、世界が変わったのだと思う。それはぼくたちの産声であると同時に、世界が根絶されだしたことも示していた。ぼくらの眼にはふたつの色が映る。世界を彩る鮮やかな赤と、世界を塗りつぶすような真っ黒な青だ。  空に眼を凝らす。青のなかには光る点がいくつか見えるのだけど、どれもぼやけてしまってよく見えない。赤い瞳は青く濁ることもない。だから、空に散らばる点のなかで、きみを見つけた。きみは泣かない子どもではなかったのだと、

不等号に埋没

 わたしは貴方のものになりたかったのだけど、結局最後までなれないままだった。あの日貴方を刺したのは、わたしではなく、貴方の影法師、貴方のまぼろしだと思っていたかった。  今更になって、やっとわかった。貴方にわたしを救うことなんて無理だった。  わたしの影を踏み躙りながらでないと、貴方はまともに歩くことすら出来ない。貴方の影にしかなれないわたしには、責めることすら許されない。貴方とわたしの間には埋められないなにかがあって、それは永遠のようにすら思えた。貴方は決して認めることはな

ひずむテラリウム

 海より深く、星明かりさえ届かないとこまで深く沈めたら、どうかどうか沈めてくれよ私のこともあなたのことも誰も彼も忘れてしまうくらいにさあ!  私があなたを嫌いだと言った日、「奇遇だ」とあなたは言って、それがとても嬉しかった。 「そうか、わたしもおまえが大っ嫌いだから、おあいこだな!」  吐き捨てるように私はそう言って、土砂降りの雨に濡れたアスファルトの黒さに目を奪われた。どこにも行けないままどこかへ行けるってわかる? どこまで逃げればいいかな。誰が追ってくるかな。なあ、追いか

華やかくそやろう

 カーテンを開け放つと快晴だった。ベランダに出ると誰かが育てた鉢植えが華やいでいて、昨日まで蕾であった桜の木に小さな薄紅色の花が咲いていた。まだ冷たい春の風に吹かれ、はらひらと散っていった一葉たち。その向こう側で春を告げるひばりの声を聴いたときから予感していたんだ。私はもうここから出て、誰かに出会わなければならない。  そうして玄関を出ると、ピンクのスーツに身を包んだ男が立っていた。手にはチューリップの花束を抱えていて、あまりに胡散臭いその姿に一瞬だれだかわからなくなったし、

回生

 鉄屑の海だけが何処までも流れ果てる砂の荒野のすみで、太陽が西から東へ沈むのを眺めながら、西暦から消えた週末を過ごしていた。私が搭乗するただ一隻の船だけが、ここに残されているが、他にはなにもない。仲間の船団は勇敢な突撃を強行した結果、この砂の海に散り果てて、いまでは鉄の藻屑となって、この地球と同化しているのだった。彼らは時の粒子になったのだ。  なぜ私たちだけが生き延びているのか、ぼんやりと靄の晴れない頭で想いを巡らせながら、今日もサボテンを狩り獲って話しかける。サボテンには