ルビーとレッドスカイの涙腺
きみがぼくの指先にふれて、「すき」と書いたその日を誰かが境界線にして、世界が変わったのだと思う。それはぼくたちの産声であると同時に、世界が根絶されだしたことも示していた。ぼくらの眼にはふたつの色が映る。世界を彩る鮮やかな赤と、世界を塗りつぶすような真っ黒な青だ。
空に眼を凝らす。青のなかには光る点がいくつか見えるのだけど、どれもぼやけてしまってよく見えない。赤い瞳は青く濁ることもない。だから、空に散らばる点のなかで、きみを見つけた。きみは泣かない子どもではなかったのだと、知る。
世界のうつくしさに感嘆するばかりの子どものように、どちらか一方だけの眼に、片方の世界だけを視せてしまってくれよ。ぼくの青い眼にはうつくしい世界だけを。きみの赤い眼にはみにくい世界だけを。空は透明だ、だから雨あがりの夜更け、ぼくはふいに目が覚めてきみが泣いていることを知る。
「どうして泣いているんだい」
「あなたがあなたのことを好きかどうかってことは、いったい誰にとって大事なの」
ああ、きみの涙が宝石みたいだ。
空は透きとおる。ルビーは赤く澄む。きみがこの世のなにもかもを憎んでも、なにもおそれないでほしい。たとえだれかを呪おうとも、なにものぞまないでほしい。どうかぼくのことを××してほしい。
ルビーとレッドスカイを両眼に備えたきみの手を引くぼくは必死だ。ブルースターとスノードロップに侵されたぼくの両眼はきらきらと輝いて、それがたまらなく不気味らしかった。きみが泣く。ルビーが溶け出す。きみの指先が触れたほんの一瞬のうちに、ぼくらは炎に包まれてしまったのだろう。燃える、燃える、燃える、空を焼く、うつくしい焔。
燃えさかる空をみて、きれいな色をしていると笑ったのはきみだろう。
ぼくにはきみと同じものが見えなかったから、いまでも空は透明だ。それでも、赤くなかったきみの目の色だけは、ずっと覚えている。あの日の夕焼けの色は、もう思い出せないけれど。
「そう、あなたには見えないのね。世界が燃えるのが」
「憐れむみたいに言うなよ。誰も世界が燃える瞬間なんて見たくはないよ」
ぼくは祈る、きみはなにひとつ答えてはくれないのだろうけど。エメラルドとグリーンアイズの悲劇性について語るよりは、だれかが祈ったほうがまだましじゃないかと言ったら、きみは鼻で笑った。僕にはその顔が見えなかったんだ。
きみが泣く。ルビーが融ける。きみの眼のなかの溶鉱炉で溺れてしまいたいと思う。世界は青に沈んでいるのだと思う。ぼくは眼を閉じて、耳を塞いだ。きみは融けない。ルビーは泣かない。そして、月が欠けていくように、世界も少しずつかたちを変えていく。
サファイアとイエロームーンライトの憂鬱がはじまる。ぼくの眼が潰れたっていいと思った。ぼくがいなくなったって別にいいじゃないかと思った。でも、ぼくはまだここにいる。
「消えちゃえばいいのに」
きみの眼には棒線がひかれている。
そんな眼で見ないでくれよ。それでもぼくには眩しいんだ、息が詰まるほどに。