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左手しか動かなくなっても諦めなかったピアニスト|新たなアートの開拓へ

ピアノは左右両方の手を使って演奏する楽器です。主に高音部分を受け持つ右手がメロディ、低音部が多くなる左手が伴奏が基本的なピアノ曲のスタイルです。

ところが、右手を使わず左手だけで演奏することを前提とするピアノ曲が数多く存在ます。また左手しか使わないピアニストもいらっしゃいます。

古くから存在する左手のための練習曲

ピアノのレッスンといえば、ハノン、ブルグミュラー、ツェルニーは王道の練習曲集です。そのツェルニーも左手だけのための練習曲を作っています。

リスト、バルトークといった有名な作曲家も左手のピアノ作品を残しています。

利き腕でない左手でも、利き腕同様にピアノ演奏できるようにすること。これがピアニストには必要不可欠なことなのです。

いかにも指の運動のような練習曲だけだと練習生が飽きてしいます。そこで演奏して楽しいもの、最初から左手だけで演奏する目的の作品も作られます

1900年代以前に作られた左手のための楽曲は、より優れたピアニストになるための重要なレッスン方法のひとつでした。

第一次世界大戦後から増加した左手のためのピアノ曲

第一次対戦で右手を失ったピアニスト「パウル・ウィトゲンシュタイン」が、ボレロで知られる「モーリス・ラヴェル」に左手だけで弾ける作品の作曲を委嘱します。このとき作られたのが「左手のためのピアノ協奏曲」です。

19分の長い映像ですが、ラヴェルがいかに真剣にこの作品づくりに取り組んだか、よくわかります。彼は過去の左手のための練習曲や演奏曲を研究し、本作品に取り組みました。

左手だけの演奏では、両手よりシンプルな曲になってしまうのではと考えがちです。しかし、ラヴェルのこの作品はとても片手での演奏とは聴こえない、多くの技法を詰め込んだ難曲でした。映像なしで聴いたとき、左手だけの演奏だとは気づけないと思います。

ウィトテンシュタインはこの曲を弾ききる技量が足りず、満足な演奏ができませんでした。1929年に作曲をスタートし、1931年には完成しているのですが、完全な演奏は1933年まで達成されませんでした。

多くの悲劇を生んだ第一次世界大戦。多くの命を奪い、身体の機能を奪われた多くの人が残りました。しかし、そこで悲嘆にくれるだけでなく、残った手で再び演奏活動をすることを模索したウィントテンシュテイン。そして彼の想いを全力で受け止めたラヴェル。2人の仲は演奏会の失敗後険悪になってしまいますが、このエピソードが「左手だけのピアノ曲」の新たな可能性を切り開くことになります

その後、同様に戦争で右手を失ったピアニスト、病気や怪我で右手でピアノ演奏ができなくなったピアニストのために、多くの左手のためのピアノ作品が作られるようになります。

日本人の左手だけのピアニストの第一人者|舘野泉

フィンランドを拠点に世界中で活躍されていた舘野泉さんは、コンサート後の脳梗塞で右半身に後遺症が残ります。失意に沈んだ舘野さんですが、ヴァイオリニストでもある息子さんがさりげなく置いていったブリッジという作曲家の左手のためのピアノ曲の譜面をみて、ピアニストとして再度挑戦することを決意します。

多くの演奏映像も残っていますし、舘野さんのために吉松隆さんが作曲した左手のためのピアノシリーズなど、出版されているCDや楽譜、インダビューなども豊富です。左手のためのピアノ曲の事例を探すには、もっとも資料が豊富な方です。

吉松隆さんは大河ドラマ平清盛の音楽の担当など、幅広い活躍をされている現代日本を代表的する作曲家のひとりです。

戦争や事故以外で右手を痛めてしまう原因

近代以降の器楽曲には、超絶的な技巧を求める難曲が増えていきます。ピアノは特にその傾向が強く、レッスンのやり過ぎで右手を壊してまう、そこまではいかなくても、しばらくは練習できないほど痛めてしまうピアニストは少なくありません。

その中から、左手だけのピアノ作品に挑戦するピアニストも増えています。

わたしの過去記事ドビュシーピアノ曲おすすめ5選で、紹介したピアニスト「ミシェル・ベロフ」も一時右手を痛め、左手だけのピアニストに転身した過去があります。現在は再び両腕を使っていますが、この経験は彼の演奏表現の幅の拡大に寄与しました。

日本人でも左手だけのピアノ演奏にチャレンジされている方は少なくありません。

日本人の左手のピアニストのHPを3名紹介しました。それぞれ、コンサート情報や出版情報が掲載されているので、ぜひチェックしてみてください。

わたしが左手のピアニストを知る機会になったのは、知人に智内威雄さんの演奏会に誘われたのがきっかけです。図々しくもCDを購入して、サインまでいただきました。

サイン

最後に・・・

ピアニストにとって、腕はかけがえのない演奏ツールです。その片方が使えなくなるということは、普通ならピアニスト人生の終幕です。

しかし、悲嘆することなく立ち上がって新しいピアノ曲を開拓しつづける左手のピアニストたち

有馬氏はHPのなかで制限があるからこそ、ユニークな発想、演奏が生まれるとも語っています。

それはピアノの世界に限ったことではありません。悲嘆や絶望はもう生涯離れられない、もう竹馬の友と割り切り、そのなかで最善手を模索し続けることが大切なのでしょう。

左手のピアノ曲は、3,000曲以上あるそうです。過去の名作にチャレンジしたり、さらなる表現を求めて新曲を委嘱したりと、個々のピアニストの活動も様々です。しかし、演奏会では誰もが大きな驚きと感動を与えてくれます

わたしたちも、挑戦や喜びを探し続けることを怠ってはいけませんね。


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本日も最後まで、おつきあいありがとうございました。

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※余談ですが、右手のためのピアノ曲というのは200曲くらいしかないそうです。

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ウールーズ(heureuse)
本質的に内向的で自分勝手なわたしですが、世の中には奇人もいるものだなぁーと面白がってもらえると、ちょっとうれしい。 お布施(サポート)遠慮しません。必ずや明日への活力につなげてみせます!