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【ショートショート】羊飼いと冒険者④ 牛飼いの詩
羊飼いと冒険者④ 牛飼いの詩
小さい穴があいたとき
よぎった別れつくろった
すっかり空になったとき
誰かの幸せよろこんだ
さあ行こうと踏み出して
わたしは風に乗りこんだ
雲をつかんで引っぱって
ごろんと天に寝ころんだ
近くなった春の日差しが
頬に額に満ち染みた
羊飼いはいつもの丘の斜面に寝転んでいた。
ようやく打ちとけ始めたのか、羊飼いの羊と牛飼いの連れてきた牛が一つ先の丘一面に散らばって草を食んでいた。羊と牛は交互に鳴き交わし、他愛ない話でもしているようだった。
「いい詩だな、カルミネ。だけど君の詩を最初に聞くのはもう僕じゃないだろ?」
「この詩は君のことを詠ったんだ。最初に聞くのは君だよ」
「君の嫁が焼きもち焼くんじゃないか?」
「アモーレには別の詩を聞かせてるよ。僕の詩に合わせて機を織ったりするんだ。彼女は僕よりずっと芸術家だ」
「そりゃいい。ところで別れって何のことだ?」
「君だけが知ってればいいことだよ。別れなんていくらでもあるだろ?」
「そうだな。それに君の言うように空っぽになるのも悪かない。問題はどの雲に乗るかだ」
空を見上げた羊飼いに、牛飼いがつられた。所々に咲くスイセンはラッパを空に向け、春の訪れを知らせているようだった。
「この空に なくば彼の雲 思い出し」
「忘れじの雲か。つくづく君は詩人だな」
「僕は単なる牛飼いだよ」
「牛にも聞かせてやってるんだろ?」
「時々はな。最近母牛に先立たれた仔牛に子守唄を歌ってやったが、熱を込め過ぎたんだろうな、迷惑そうにしてたよ」
羊飼いはハハと笑った。
「今度その唄聞かせてくれよ」
「ああ。いつかな」
スイセンが子守唄を歌い始めた。蜜を集めに来ていた蜂がうとうとし出し、黄色いデイジーは少し閉じてゆりかごを作った。風は牛飼いの帳面をぱらぱらめくり、諦めたのかスイセンの唄を仔牛に運んでいった。
「あれは旅の男だな」
羊飼いがあごでしゃくった先の細道に、早足でこちらに向かってくる小さな人影があった。牛飼いは男をみとめるなり指笛を吹いた。すると丘の峰に座っていた茶色い犬が牛を集め始めた。
「僕はそろそろ行くとするよ」
「ああなる前にな」
牛飼いは帳面を閉じてポケットにしまい、丘のふもとに集まり始めた牛の群れに向かって歩いて行った。男は前に見た時と同じ様に四角い肩を更にいからせていた。
「リカルド、カルミネときたら僕に全部押し付けていったよ」
羊飼いの横で寝ていた黒白の犬は半分目を開けてぐぐぅと鼻をならした。
黄色いデイジーが囁き始めた。草の穂は素知らぬ顔で揺れながら聞き耳をたてていた。スイセンはまたお役目じゃない仕事になるのかとぼやきながらラッパの試し吹きを始めた。風はううぅと唸りながら冒険者に向かっていった。
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