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【ショートショート】羊飼いと冒険者③
羊飼いと冒険者③
「無事に終わったのか、カルミネ?」
いつもの丘のゆるい斜面に座り、一つ先の丘で草を食む羊と牛を眺めながら、羊飼いは隣に座る牛飼いに聞いた。
「滞りなくな。だが式の前日におかしな男が現れてな」
牛飼いは答えながら四隅のほぐれた小さな帳面に何か書きつけていた。
「男っていうのは、旅の男か?」
「ああ。知ってるのか?」
羊飼いは冒険者に出会ってからの始終を話した。牛飼いは合点がいったとばかりに笑った。
「君の差し向けだったのか。僕は最高の友を持ったな」
「君の結婚式に顔を出さないような奴がか?」
「ああ。君は弔《とむら》いにも列しない。だからさ」
「いつか時がきて、君の弔いにさえ赴かずともか?」
「ああ。どっちが先かなんて分からないよ。それにまた会えるだろうから」
「そうだな」
羊飼いは牛飼いにつられて空を見上げた。丸々と膨れた祝いのケーキ(注1)の様な雲が、小さい雲をぷっと吹き出した。小さい雲は白いんげんの様に形を変えた。
「今日はやけに君の羊達が僕の牛達を警戒してるようだ」
時々低く唸るように鳴く牛に、羊は一かたまりになって、しきりに声を上げて知らせ合っているようだった。
「仔羊が生まれたばかりだからな」
「そうだったのか。じゃあ僕らはそろそろ水飲み場に行くとするよ」
「ああなる前にな」
牛飼いが立ち上がり、尻についた草をはらって指笛を吹くと、茶色の犬が丘向こうから現れ牛を集め出した。牛が一斉に動き出し、羊はいっそう声を上げた。するとひしめき合う羊の中から仔羊が飛び出し、またすぐに群れの中に潜りこんだ。
「だけどジョナ、僕は知ってるよ。最初に飼った牧羊犬を君が泣いて弔ったこと」
風は気が変わったらしく、牛飼いの独り言をくるくる丸めて彼方に放った。聞き逃さなかった黄色いデイジーは、隣のデイジーに耳打ちしていた。
「リカルド、カルミネがなんて言ったか聞こえたかい?」
羊飼いの横で寝ていた白黒の犬は面倒くさそうに目を開け、またすぐに目を閉じた。
「何か詠ったんだろう。カルミネは詩人だからな」
牛の群れの後ろを歩くカルミネは、ポケットから帳面を出してまた何か書き留めていた。
デイジーの噂話はスイセンが春を告げるより早くあたり一面に広まった。
注1 トルタ・デイ・モルティでお願いします。
作り方はこちらから。(イタリアンマダムによるYouTubeのレシピ動画に飛びます。ご参考まで。)
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