【面】 面と向かって言ったことはなかったな、と頭の片隅で他人事のように思っていた。 「一緒に生きようか」 目をまん丸に見開いた後、見たことがないくらい綺麗に笑って頷いた。 ずっとこの言葉が言いたかったのかもしれない。 一緒に死ぬんじゃなくて、一緒に生きる約束の一言を。
【後書き】 50音でつづける物語、完結しました。 どうなることかと思いましたが無事に終えられてホッとしています。 ・タイトルは漢字一文字読みは二文字にする ・ストックは作らない ・二日に一つ書く というしばりでやってました 笑 自分で決めたことですが意外と楽しかったです。
【窓】 窓に映る君は少し眠たげだ。 乗客は僕達以外に数える程度しかいない。 揺りかごのような心地よい揺れに誘われて君の目蓋はどんどんおりていく。 「寝ていいよ」 「んー」 「ついたら起こすから」 「うん。ありがとう」 君は眠りの世界に落ちていく。 肩越しに君の体温が伝わってきた。
【人】 人気のない街並み。 まるで僕達二人、世界から切り離されたみたいだ。 「雨の音を聴いてると落ちつくの」 「そうなんだ」 「だから雨が好き」 独り言のように君は呟く。 再び沈黙がおとずれて、やがて雨が止んだ。 「行かなくちゃ」 そう言って歩き出した君を引き止める術はなかった。
【他】 他の人だったら笑うか引くであろう言葉。 しかし君はどちらの反応も示さなかった。 「私でいいんですか?」 困惑した表情のまま聞き返してきた。 「面白くもなんともありませんよ?」 「君がいいんです」 「そうですか。ではよろしくお願いします」 おかしな会話を機に僕達は始まった。
【耳】 耳鳴りがすると幽霊と目があっているらしい。 そんな話を君にしたらこう言われた。 「なんで見えないのに目があってるって解るの?」 正論すぎて僕は返事が出来なかった。 君は信じていないだろうが僕はこういうのを信じるタイプだ。 似た者同士の僕と君で唯一違いを感じたところだった。
【軒】 軒下で雨宿りをしている君を見付けた日から僕達の物語は始まった。 じっと雨空を見上げる君は独特の雰囲気をまとっていた。 「ねえ」 声をかけるとゆっくりと顔があがる。 黒曜石みたいな双眸が僕をとらえた。 「僕も雨宿りしてもいいかな」 少し間があいて君はコクリと首を縦にふった。
【風】 風鈴が窓辺で揺れる季節に僕達は再会した。 「あ」 思わず声が漏れた。 構内を一人で歩く君を見付けた。 何と声をかけたらいいものか、思考をめぐらせていると君と目があった。 「あの」 今しかチャンスはないと思った。 「僕のこと覚えてますか?」 暫しの沈黙の後、君は口を開いた。
【沼】 沼のように不透明で底が見えない想いを君は抱えているらしい。 「解らないの。自分の感情が。貴方のことが気になってる。もっと沢山話したいし色々な所に行きたい。でも好きなのかは解らないの。だから“多分”なんだ」 それはなんて君らしい告白なんだろう。 僕は静かに笑った。
【胸】 胸の奥底でくすぶり続けている君への感情はどう言葉にしたものか。 いまだに答えは見付からないままだった。 「眉間にしわ寄ってるよ」 我にかえると君が顔を覗きこんでいた。 近くで見た君はやはり綺麗な顔をしていた。 何でもないと誤魔化すこともできたが、口は別の言葉を発していた。
【旅】 旅に行くとしたら最初の目的地は何処にするか。 旅番組を見ながら君とそんな話をした。 「寒いの嫌いだから暖かい所がいいな」 「沖縄とか?」 「いっそ海外?」 「パスポートとらなきゃ駄目だ」 「私もだ」 「じゃあまだ行けないね」 最終的には全然違う話になったのを覚えている。
50音で続ける物語、今日は一気に二つアップしました。 本当は昨日“ち”をアップする予定だったのですが、“ち”で始まる漢字一文字読みは二文字がなかなか思い付きませんでした orz 半分少し手前まできました。 もう暫くお付きあい下さい(-人-;)
【熱】 熱の冷めた君の手を握り、日が沈んだ海岸を歩く。 半歩後ろを歩いている君を盗み見る。 海を眺めていて僕の視線には気付かない。 涼しさを増した海風が君の髪を揺らす。 海岸を出るまでは手を離したくない。 まだ海に君を連れていかれたくないから。
【西】 西日が反射して海がオレンジ色に輝く。 それを背にして立つ君が別人みたいに見えた。 綺麗だ。見惚れていると君がゆっくりと口を開いた。 「私ね、多分貴方のことが好き」 突然の告白に驚くよりも別のことが気になった。 「多分ってどういうこと?」 聞き返すと君は困ったように笑った。
【変】 変に気取らないのが君の長所だと思う。 「ごめんなさい。前にお会いしたことありましたっけ?」 君は困ったように首を傾げた。 ショックだが、折角再会したのだからここから始めればいい。 「僕と仲良くなってみませんか?」 友達という言葉は使いたくなくて変な言い方になってしまった。
【空】 空が好きだ。 日どころか時間によって表情を変え、見ていて飽きない空が昔から好きだった。 暇さえあれば空を見ていたのに最近は君を見ている時間の方が長い。 君は空に例えるとなんだろう? そんなことを考えたりもする。 まだ答えは出ていない。 だって僕は君を知らなすぎるから。
【年】 年を重ねていき体の限界がおとずれて死ぬ。 それが僕が思う老衰というやつだ。 「老衰か」 君はポツリと呟く。 「体がもう動けないと判断して生命活動を停止する。これも自殺といったら自殺になるのか」 その発想はなかったし君が「それもいいな」なんて真剣に考えているのが面白かった。
【適】 適当な嘘ではないと君の表情で読み取れた。 「大丈夫。自分で死なないと意味がないから」 君は普段とは違う、清々しさが感じられる笑顔を僕に向けた。 「そっか。じゃあその時は教えてね。ちゃんと見届けるから」 「わかった」 守れるか解らない約束を交わし、話は終わった。
【春】 春だというのに空気は冷たい。 両手の平をこすりながらあちこちに視線をさ迷わせている。 何か話をしなければとは思うのだが話題が思い付かない。 「雨、止まないね」 「……そうだね」 その場しのぎの話はすぐに途切れてしまう。 沈黙が息苦しかった。 「でも私は雨、好きだよ」
【恋】 恋でも愛でもないこの感情につける名前が思い付かなかった。 君との関係は同級生でそれ以上でも以下でもない。 しかし、抱く感情は他の同級生へのそれと異なっている。 初めての感情に僕は困惑していた。 そんなことは露知らず、君は他愛のない話をしている。 ああ、もどかしい。
【靴】 靴を脱いでから飛び降りる。 投身自殺でよく見る光景だ。 「なんで?」 「さあね」 「脱ぐ必要ないのに」 君は窓越しに地面を見下ろしていた。 地上四階の高さは遠近感が危うくなる。 「不思議だね」 君は僕を見ずに言う。 僕は無言で、君の手を握った。 まだ窓は開けさせたくない。
【息】 息をするように君は嘘を吐く。 「冗談だよ。びっくりした?」 どこまでが嘘で真実なのか、見極めるのは難しいはずだった。 目前の君は下手な笑顔を貼り付けている。 「じゃあ、冗談に付き合ってあげるよ」 君はそっぽを向く。 「そういうところが嫌いなんだよ」 ほら、また嘘を吐いた。
【燦】 燦々と太陽の光が降り注いでいる。 窓側じゃなくて廊下側にすればよかったと後悔しながら隣を見ると君は涼しい顔で座っていた。 「暑くないの?」 「暑いよ。なんで?」 「そうは見えないから」 「あらら」 君はくすくす笑いながらカーテンを閉めてくれた。 少し涼しくなった気がした。
【線】 線は越えられない。 「なんとなくだよ」 君は僕の質問に曖昧な返事をした。 それ以上は言及できない雰囲気に僕は「そうなんだ」と頷くしかなかった。 当たり障りのない会話を交わしながら歩く帰り道。 君は手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、心は随分と遠い所にいるのだと痛感した。
【波】 波が寄せては引いてを繰り返している。 何時かと同じ海に来ていた。 「溺死は嫌じゃなかったの?」 そんなこと言っていたな、と思いながら問いかけると 「死ぬために来た訳じゃないよ」 と僕の方を見ずに返事をされた。 じゃあどうして? 浮かび上がってきた疑問は言葉にならなかった。
【白】 白いページが減っていく。 黒板に書かれていることと先生が言った大事そうな言葉を君は書いている。 頬杖をつきながら見ているが君は気付かない。 大した集中力だと感心しているとある物が視界に入った。 それはよく見かけるカッター。 あまりに不釣り合いなソレから目が離せなくなった。
【傘】 傘を無くしてしまった、と君は言った。 「困ったな」 言葉の割りには困っていなさそうな言い方だった。 「暫く天気よさそうだから大丈夫か」 自己簡潔した君は別の話を始めた。 天気が良いのはいいことだ。 雨が降ると君が「一緒に死んでよ」と言った日を思い出してしまうから。
【鈴】 鈴が鳴る。 顔をあげれば人影は疎らだった。 何時の間にか授業は終わっていた。 「帰ろっか」 君は荷物をまとめ始めた。 僕を待っていたのか、と思うと申し訳なくなる。 手早く荷物をまとめ、君と歩き出す。 「なんでカッターがあったの?」 先程から気になっていたことを聞いてみた。
【罪】 罪が君と出会ったことなら、罰は君の願いを叶えてあげる他にないだろう。 「え?」 君はキョトンと僕を見ている。 「死にたいなら殺してあげる。自分でやるよりかは躊躇しないから、死ねる確率はあがるよ」 どうする? と君に選択を委ねる。 暫しの沈黙の後、君は口を開いた。
【蓄】 蓄積されてきた想いは何時か溢れる。 それが何時なのかは本人にさえも解らない。 「死ぬのって難しいね」 君は世間話の延長線みたいなテンションで言った。 僕は何も言わなかった。 「確実に死ぬ方法ってないのかな?」 その瞬間、僕の中で何かが溢れた。 「僕が殺してあげようか?」
【桁】 桁が違うな、と君に関して思ったことが一つある。 それは読んだ本の数だ。 何処で見かけても君は本を読んでいて、しかもその種類はいつも違う。 読書家な君の頭の中にはどんな世界が広がっているの? いつか教えてくれますか? 心の中で問いかけながら僕は君の手を握っていた。
【音】 音は届かず消えていく。 「ごめん。聞こえなかった。もう一回言って」 君は立ち止まり僕を見る。 「大したことじゃないからいいよ」 「えー」 不満そうな声をあげながらも言及するつもりはないらしく、君は再び歩を進める。 届かなかった音は何処かへ落ちていった。
【雨】 雨が降っていた。 普段との違いはただそれだけだった。 「一緒に死んでよ」 隣を歩いていた君は不意にそう言った。 夕飯のメニューをたずねるみたいな気軽さだった。 「いいよ」 君が顔をあげる。 傘に隠れて表情は窺えなかったが泣いているような気がした。 「一緒に死んであげる」
【菊】 菊の花が置かれていた。 横断歩道の向こう側に立つ君は半透明だった。 君が口を開く。 何を言ったのか、聞き取れなかった。 聞き返そうとした刹那、風が吹いて君の姿が掻き消えた。 赤い菊の花びらが舞い上がり、幻想的な様を醸し出している。 ……そんな夢を見た。
【海】 海に行こうと誘ったら君は静かに頷いた。 季節外れの海には僕達以外に人影はない。 貸切だな、と思いながら君を見る。 君は遠くを見ていた。 何を考えているのか、大体察せてしまった。 「溺死体って綺麗じゃないんだよね」 「別の方法にしよう」 「じゃあ帰ろうか」 君は踵を返した。
【駅】 駅で電車を待つ間、他愛のない話をした。 話を聞いているようにみえて、実は君は上の空だ。 解っていて僕は何も言わない。 耳障りな音をたてて電車がやってくる。 微妙な空気を払拭してくれるみたいで僕は長く息を吐いた。 電車に乗り込む。 今度は僕も君も無言だった。