母も妹も自分からがんがん動く主張の強いタイプ。私はそれが苦手で同じように出来ない自分がダメだと思ってた。でもそうではなく。 人が見せてくれるものや違和感は「何が一番自分らしいあり方なのか」に気づくためのもの。人と違ってもOK、自分は自分でいい。その積み重ねが自分の真ん中に戻る道。
批判とか、誰がどう思うのか、それは自分にとってはすごく参考するスケールになると思うのですが、そういう思いが過剰、極端になりすぎるとそれも良くないのかな?難しい〜🤔😓 自分は自分で、これもいいか、と言い聞かせながら書くのも良いかと?😊ただし、自己満足にはならないように(笑)
とにかくペースをかき乱されないように いつも平常心平静心を忘れずに~ 相手のペースに巻き込まれない! で、 いきましょう。 あしたも
『自分を失わぬよう生きていきたい』。 生き急いできたところもある。 でも僕は僕でいいんだと思う。 努力すればこそ味わえる幸福の道があったし。 色んな人に憧れてきた。 参考になれこそ、でも全部自分じゃなかった。 そう、自分でいいのである。 自分を本気でかまいながら生きていこうよ。
罪悪感って、 それは正解なのか大丈夫なのか、 と不安になっている状態のこと。 正解なんかない、あるとすれば、本人の真如(ありのままの)中だから^ ^
迷わず進み、サポートを受け、子供の気持ちで遊び楽しめ。
自分の可動域や耐性領域を拡げる。 自分に集中、自分だけに集中出来る時間。 完成系に近づいていく感覚‥。 外へ広がっては、内へも自由に向かえる自分へ。
詰まるところは、自分が大丈夫って思てたら、大丈夫なんだ☆