今夜も月がきれいですね。 満月。
「しばらく抱きしめられてないでしょ? 明日、僕が抱きしめてあげるから、ぎゅーって」 「おたがいでしょ? 私もぎゅーってしてあげる」 動物のようにくんくんして、私たちはおたがいに必要な人をかぎ分けることができるのだろうか。
水曜の午後に備えて、娘にジェルネイルを施してもらう。 美容院の予約は金曜だから、髪の分け目の白髪、15センチ背の高い彼に見られちゃう。 恒例の「ジーンズとスカート」に、彼は迷わずジーンズと答えた。 初めての回答だ。 更年期、四角いオバサンのお尻になっている。 ああ、時は残酷だわ。
朝晩、定期的に連絡が来ていた人からぷっつり音信が途絶えると、不安になる。 まりかのことがキライになったのなら、それでいい。 もし事故に遭っていたら? 病気で倒れていたら? そう言いつつ、彼がまりかをキライになっていない材料をかき集める。 縁を切りたい人から本、借りないわよね?
きらきらするふたりのことばたち。 すべて書き留めておきたい衝動に駆られたけれども、やめた。 これからきっと、一緒に紡いでゆけると思うから。 ありがとう。
別に、数日間、連絡がないなんてよくあることだし、一瞬にして心変わりすることだってめずらしくはない。 でも、朝に晩に聞いていた声が聞こえないと、たまらなくさみしいし、心をごっそり持ってゆかれた気分だ。 愛おしさはすごした時間だけに比例するわけではない。 想いの深さとの掛け算なのだ。
出張の帰り、初めて彼と会ったまちで途中下車した。 一緒に食べたたい焼き屋さんで、あんこのたい焼きをひとつ買った。 ふたりで食べたときのように、ガードレールに寄りかかって、ひとりで食べた。 まりかが猫舌とバレたことを思い出した。 大丈夫、またきっとふたりで来られる、と、確信した。
「ごめんごめん、スマホが壊れちゃってさ」って、笑い合えたらいいな。 心変わりしたのなら、仕方がないな。 でも、事故だったり、病気で倒れたのではなければいいな。 だって、彼には幸せでいてほしいから。 カミサマお願い、まりかに連絡なんてしなくていいから、彼が元気でありますように。
「まりかとのやりとりは、退屈な本よりおもしろい」 「あら、退屈な本と一緒にしないでちょうだい」 彼とすごす毎日はきっと、退屈な映画と比べられないほどおもしろい。
コウイチ、 夕焼けがきれいだったから、一緒に見た空を思い出しました。 夕陽の赤と空の藍がせめぎ合って、だんだんひとつに溶けてゆく。 あんなふたりになりたいな、と思いました。 ねえ、どうしちゃったの? すべてはイリュージョンだったの? 会いたい、触れたい、声が聞きたい。 まりか
一昨日のお昼から、既読がつかない。 朝、いつものように文字でじゃれあったばかりなのに。 病気か事故にあったの? スマホが壊れたの? 心変わりしたの? まりかのことをキライになったのなら、受け入れます。 元気でいてくれれば、幸せだから。 あなたの名前の一字を、気持ちに乗せるわ。
まりかがたい焼きを食べ終わると、コウイチはそっと後ろに周り、長い足と腕とでまりかを包み込んだ。 空っぽになったマンション26階の伯父の部屋からは、夕陽の赤と空の青とが織りなすグラデーションと、明かりを灯したばかりのスカイツリーが見えた。 ここが心の置き場になったらな、と思った。