ネコみたいにすりすり
「どこに行っても、隣り合わせで座るからね」
「どうして?」
「ネコみたいにすりすりできないでしょ?」
断っておくが、これはお見合いサイトで知り合って、1週間前に指定されたお店で1時間半、一緒にごはんを食べただけの、中年男女の会話である。
「正方形の向かい合わせにしか座れないテーブルだったら?」
「それは困ると店員さんに言って席を替えてもらうか、それでもダメなら店を変えるしかないな」
コウイチは、電車のように、どうしてもまりかと並んで座りたいらしい。
実は甘ったれでさみしがりのまりか、望むところである。
人前で手をつなぐことはもちろん、キスをかわすこともいとわない。
殿方は非常にいやがるけれども、コウイチはどうなのだろう。
どこかに落とし穴があるのではないか、これだけ期待させられて実は愉快犯でどんと翻されて笑われるのではないか、と、この1週間、心配だった。
現実に、マッチングアプリで会った13人の殿方とは、そんなこともあったりなかったりだったから。
でも、今日の1時間40分の電話で、すべてが吹っ飛んだ気がする。
まりかは、こんなにへんてこなことばをだれかに発しようと思ったこともないし、それを受け止めてくれる相手がいると思ったこともない。
コウイチもしかり。
そう、コウイチとまりかは、同じことばでしゃべる生き物らしいのだ。
コウイチは、自分はほとんど笑わないと言う。
自己申告どおり仏頂面で、感情を表に出さないけれどもその実、頭の中ではへんてこなことを考えて、すべてを変換しているという。
それを、安心してことばにして伝えられるのが、まりかだというのだ。
だから、電話で話をすると、中身のないことを延々と話し、腹がよじれるほど笑う。
受話器の向こうで、コウイチが息も絶え絶えに笑っている声が聞こえる。
楽しそうだ。
それが、うれしい。
「水曜日にさ、会ったとたんに吹き出しそうだよね」
「公衆の面前でね」
「会ったら、くんくんするよ。
人間は動物だから、においを嗅ぐと、安心するから」
「じゃあ、まりかはコウイチの耳の後ろをくんくんするね」
「加齢臭、すごいよ」
さくらまりか51歳、はたしてこれは、本物なのだろうか。
いや、まだ油断はするまい。
次に会う水曜日、コウイチが視界に入ったらすぐ、ハグしようと決めている。
思う存分、彼がまりかをくんくんできるように。
人間は動物だから。
まりかは、まりかのための殿方を嗅ぎ分けることができるだろうか。
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