浮気、しますか
「僕は、こう思う。
たい焼きを食べると決めた瞬間に、口の中はあんこの準備ができているんだよ。
クリームはやっぱり浮気なんだよ」
秋の冷たい大雨がようやく上がった夜、まりかは昨日、お見合いデートをしたコウイチさんと、ゆっくりLINEを交わしている。
彼と出会ったのは、1対1でのお食事の席をコーディネートしてくれる、とあるサイト。
事前のお約束では、事務局が用意したお店でお食事をして、本当は女性が送りオオカミの被害に遭わないように、女性が10分ほど先に帰る決まりになっているのだけれども、ついついコウイチさんとは話が合って、一緒にお店を出た。
事前のお約束どおり、お支払いは10対0、つまり彼が全額出してくれた。
女性もコーディネートの手数料はお支払いするけれども、男性はその2.5倍を払っているはず。
マッチングアプリと比べても、高い対価をまりかに払ってくれている。
隣の県から1時間半かけてクルマで来てくれた彼は、駅まで送らせてくださいとお行儀よく言って、駐車場とは反対方向にまりかと並んで歩き出した。
180cmの長身に、細身のスーツがよく似合う。
身長165cm、5cmヒールのまりかでも、見上げないと目が合わないほどだ。
ああ、3週間以上、美容院に行ってないから、分け目の白髪、見られちゃう。
途中、ふたりで同時に足を止めたのは、お店を出てすぐのたい焼き屋さんだった。
まりかも、来るときに帰りに買おうかな、でも閉まっているかなと思いながらとおりすぎたのだけれども、彼も気になっていたらしい。
ガードレールに寄りかかって、ふたりであんこのたい焼きをほおばった。
前にも、こんなふうに並んでいた気がする、と思いながら。
事務局が手配したのは居酒屋だったけれども、彼がクルマだったので、ノンアルコールビールで乾杯した。
仕事のこと、趣味のサーフィンのこと、家族のこと。
彼は流れるように話してくれた。
本当はおしゃべりなまりかも、聞き役に徹する。
彼は、わりと特殊な家庭に育っているのだけれども、不思議とまりかの感覚にもしっくりきた。
高飛車と批判されることを覚悟で言えば、そう、知的レベルが合うというか、価値観が同じというか。
彼もそう思ったらしい。
「このサイトに登録して、まりかさんでお会いするのは4人目ですけれども、これで最後にしようと思っていたんです。
何だか、しっくり来る人に会えなくて。
ようやく、目線が合う人と会えて、本当にうれしい」
「ありがとうございます。私もそう感じています」
本当なのかな、と、まりかは思った。
だれにもそう言っているじゃないかな、と、まりかは疑った。
本心ならうれしいのにな、と、まりかは願った。
まりか、だまされたらいけないわよ。
よく見分けるのよ。
痛かったり辛かったりする恋はもうしない、と、決めたでしょ。
事前のお約束どおり、その場では連絡先の交換はしなかった。
たい焼きで気持ちを満たしたあと、中核市の大きな改札口で、彼の差し出す手を握って別れた。
細いけれども、骨格はしっかりしている。
お箸の持ち方もきれいだったし、手フェチのまりか、大丈夫、合格だ。
「連絡先、送りますね」
「お待ちしています」
帰りの電車でまりかのiPhoneは、お見合いサイト経由で彼からの連絡先受け取りの通知を、お行儀よく鳴らした。
次はあるのだろうか。
あんこのたい焼きをまた、並んで食べる日は来るのだろうか。
クリームのたい焼きは、浮気。
意味深な彼のLINEに、ちょっと考えてまりかは、
「浮気、しますか?」
と、返信した。
「コウイチさん、あんこの人でありますように。
私は、あんこ以外、考えられないです」
返事は、まだない。
さくらまりか51歳、ふたたび殿方からのLINEを待ち焦がれている。