『義経千本桜』の中止を告知した国立劇場。「完全な五輪」よりは「完全な『義経千本桜』」を。
菊之助が、初役の権太、知盛、忠信をすべて一ヶ月で勤める企画で、歌舞伎愛好家に期待させた国立劇場『義経千本桜』が、安直な延期を続けたあげく、すべての公演が中止となった。
今回の中止については、当然、安倍晋三首相の自粛勧告を受けてのことである。最後の断念については、私はどのような指示が政府からあったかを知らない。劇場側の「忖度」であるのだとすれば、ゆゆしき問題であり、劇場の運営側が、観客や演者よりも、政府の顔色を窺っているとの疑いを捨てきれない。
もちろん、構造的に日本芸術振興会は、独立行政法人である。政府の管轄下にある。こうした決定は、内部にいる人間にとっては、ごく自然な成り行きだということは、私にもよくわかる。
「自粛」を連呼し、「要請」という名の禁圧を課している政府は、国民の文化的健康状態をまったく考慮に入れていない。
「完全な五輪」よりは「完全な『義経千本桜』」を私は要求する。
よけいなことかもしれないが、もう五輪に来るようなIOC委員はいないと思われる。ファーストクラスと豪華スイートを求める委員は、今ごろ、来日しない言い訳を用意していると信じて疑わない。
さて、建設的な提言がある。
振興会は、国立劇場、新国立劇場を含め、厖大な映像記録を持っている。ベルリンフィルハーモニーやウィーン国立歌劇場にならって、一ヶ月でも、このアーカイヴを無料で公開してはどうか。
二度、この『義経千本桜』の延期をアナウンスし、最後に全面的な中止を告げる間に、このような検討が同然なされたと信じている。こうした中止のアナウンスは、アーカイブの公開や無観客によるストリーミング中継の無料提供などの施策を立て、国民の文化的な健康を守る立場を鮮明にして、同時に、発表されるべきだと私は考える。
弁解はいらない。
木で鼻をくくったような告知は、もう見飽きた。
国民の税金を投入して運営している劇場が、いかなるかたちで、中止の責任を取るかを知りたい。そして、中止を一方的に決めた責任の代価として、どのようなサービスを提供するかを早急に発表して頂きたい。
まさか、そのような決定は、「監督官庁の決定を待ってから決めます」とは、いわないでしょうな。あるいは、まさか、「安倍首相の記者会見を待ってからではないと、サービスなどは出来ません」とは、とても公言できないでしょうね。
劇場の閉鎖、中止は大きな責任がともなう。その代価の重さを考えて頂きたい。
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